親鸞への接近 書評|四方田 犬彦(工作舎)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年10月13日 / 新聞掲載日:2018年10月12日(第3260号)

42年前の思い出
「新約聖書」をモデルに 
『教行信証』から『歎異抄』へ

親鸞への接近
著 者:四方田 犬彦
出版社:工作舎
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親鸞への接近(四方田 犬彦)工作舎
親鸞への接近
四方田 犬彦
工作舎
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それは、今から42年ほど前のことだ。

私は東京大学文学部宗教学科の学生で、卒業論文の口頭試問に臨もうとしていた。控え室にあてられた研究室で順番を待っていると、そこに、私より順番が一つ前の四方田犬彦が戻ってきた。当時彼は小林剛己を名乗っていた。

戻ってきた四方田は、何か浮かない顔をしていた。私は、卒論について教授たちから辛口の評をもらったのではないかと解釈した。

しかし、この『親鸞への接近』を読んで、問題は卒論そのものではなかったということを初めて知った。彼は在学中に脇本平也教授のゼミに参加したことがあり、その際に、親鸞の回心体験についてレポートを書いたことがあったという。親鸞の回心体験とは、京都の六角堂に百日にわたって参籠し、夢で観音菩薩から啓示を受けたことをさす。

口頭試問で脇本教授は、卒論のことはさておいてと前置きし、「観音ははたして女性ですか?」と質問してきたというのだ。四方田はその問いに充分には答えられなかった。理論を習い覚えて、それを振り回しても、「個々の事象の本質を見落としてしまう結果に終わるということを、わたしはこの面接で思い知らされた」というのだ。

彼があのとき、浮かぬ顔をしていた原因が分かった。そして、彼の親鸞への関心が学生時代に遡るものであることも確認することができた。そうした著者と親鸞とのかかわりについては、本書の冒頭におさめられた「親鸞とわたし」のなかで詳しく述べられている。

それを締めくくる部分では、親鸞に接近するための時間が自分のなかで少しずつ熟していったことにふれ、最後には親鸞の主著についてとても印象的なフレーズが使われている。「わたしが『教行信証』を手に取ったのではなく、『教行信証』が私を手に取ったのだ」。

これはもしかして、著者自身の回心体験から発せられたことばではないのか。私はそう感じた。

そして、イスラム教の預言者ムハンマドが、悩みを抱えて洞窟で瞑想をしていたとき、天使ジブリールが現れて、神の啓示を「読め」と言い渡した場面を思い出した。さらには、キリスト教の最初の教父、アウグスティヌスが、隣の家から「取って読め」という子どもの声を聞いて、パウロの書簡「ローマ人への手紙」を手にとり、それを読んで回心をとげた話もだ。

著者に『教行信証』を読めと直接勧めたのは、宗教学の大先輩にあたる山折哲雄である。実際、本書における『教行信証』の解釈には、山折の『「教行信証」を読む』(岩波新書)の影響が色濃い。

四方田は、宗教学科を卒業した後、比較文学の大学院に進み、映画評論や文学評論を主な仕事とするようになっていく。詩人でもあり、詩集も刊行している。

その四方田が、親鸞についての本を書いていると本人の口から聞いたのは、昨年の4月のことだった。原一男監督のドキュメンタリー映画『ニッポン国VS泉南石綿村』の内覧会のおりにである。私はそれを聞いて、なぜ親鸞なのかと質問もしてみたが、そのときにははっきりとした答えは返ってこなかった。

答えが返ってこないのも、本書につづられているように、そこには、複雑な経緯があったからだろう。しかも、親鸞への関心は、著者の生涯の歩みと深く、そして密接に関連しているのである。

そのせいだろう。私は、本書を読み進めている途中で、これは、「新約聖書」のスタイルをモデルにしているのではないかと感じた。

「新約聖書」は、イエス・キリストの生涯をつづった「福音書」からはじまり、その弟子たちの記録である「使徒行伝」に進み、イエスの死後の弟子であるパウロを中心とした伝道者の書簡が収められ、最後は、「黙示録」で締めくくられる。

本書では、まず『教行信証』が解説され、『歎異抄』へと進む。そこでは、親鸞の生涯が語られ、さらには『歎異抄』の編者となった弟子、唯円のことが語られる。その後に、「和讃と今様」など親鸞を理解するための補足的な文章が挟まり、現代における親鸞の弟子、三木清、三国連太郎、そして吉本隆明のことが取り上げられる。「黙示録」に当たるものはないように見えるが、吉本は「最後の親鸞」ということを問題にした人物である。著者は、吉本の描きだした最後の親鸞が「あらゆる観念から解放された、自由な存在である」点を強調する。

師と弟子ということは、著者にとって根源的なテーマである。それがもっともよく現れていたのが、比較文学の師である由良君美について書かれた『先生とわたし』だった。

師とは、弟子に対して試練を与えることによって、それを克服させ、宗教体験へと導いていく存在のことである。通過儀礼へと誘う存在が師であるとも言える。通過儀礼の重要性は、宗教学科のもう一人の教授、柳川啓一がくり返し学生たちに説いたことでもあった。

『歎異抄』は、弟子が師について書いた書物である。また親鸞は、京都に戻った晩年、東国に残してきた弟子たちと書状のやり取りを頻繁に行っていた。弟子が親鸞の元を訪れることもあった。著者が親鸞に関心を持たざるを得ないのも、この点が深く関係しているに違いない。

では、本書が「新約聖書」のスタイルをとっているとして、そこに立ち現れてくる信仰はいかなるものなのだろうか。「新約聖書」はキリスト教という新しい信仰を生んだ。

本書から立ち現れてくるのは、親鸞を宗祖とする浄土真宗の信仰ではない。浄土真宗の信仰について語るなら、中興の祖、蓮如を無視することはできない。本書でも、蓮如にふれられていないわけではないが、それは、『歎異抄』がどのように読まれてきたかを述べた部分においてで、蓮如がどのように浄土真宗という宗派を築き上げていったのかには、ほとんど関心が払われていない。

浄土真宗とは離れた形で、近代においては、親鸞個人を信仰の対象とした「親鸞教」とでも言うべき流れが生み出された。三木清や三国連太郎、そして吉本隆明は、この親鸞教の信者であるとも言える。吉本に対比される形で加藤周一のことも取り上げられているが、加藤もまた、親鸞教の信者であったということになる。

本書の終わりの部分では、近代日本の知識人がたどった見えない系譜について述べられている。その系譜とは、「若くして西洋思潮を最先端において学び、一つの時代にあってもっとも優れた思索を続けた者が、意識無意識を問わず、いつしか親鸞の圏域に参入してしまう」ことをさすと説明されている。

著者もまた、この系譜のなかに属するということなのだろうか。「あとがき」を読むと、その点を強く意識しているということが分かる。だが、そこには逡巡がある。逡巡があるからこそ、本書のような長い「エッセイ」が書かれたに違いない。

エッセイの語源は「試み」である。著者は、本書を書かなければ先へは進めないと言う。そうであれば、著者による親鸞についての議論は、これで終わりではないはずだ。著者がどこへ進むのか、私はそれを見守りたい。
この記事の中でご紹介した本
親鸞への接近/工作舎
親鸞への接近
著 者:四方田 犬彦
出版社:工作舎
以下のオンライン書店でご購入できます
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