映画『夜と霧』とホロコースト 書評|E・ファン・デル・クナープ(みすず書房)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2018年10月13日 / 新聞掲載日:2018年10月12日(第3260号)

批判と異議の諸相を踏まえて 
国際的に検証した興味深い研究書

映画『夜と霧』とホロコースト
編集者:E・ファン・デル・クナープ
出版社:みすず書房
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本書はアラン・レネ監督の短編記録映画『夜と霧』(1955)がフランス、ドイツ、イスラエル、イギリス、オランダ、そしてアメリカにどのように受容されていったのか、各国での批判と異議の諸相を踏まえて国際的に検証した興味深い研究書の翻訳である。

しかし、日本では「夜と霧」といえば、ユダヤ人精神科学者フランクルの本と思われている。その受容の広がりと深さは、最近の河原理子『フランクル「夜と霧」への旅』が示している。古典的霜山徳爾訳(1956)76万部と池田香代子新訳(2002)39万部を合わせると合計115万部以上(2017年7月現在)だという。しかし、原題『一心理学者、強制収容所を体験する』が示すように、「夜と霧」はみすず書房が付けたタイトルである。レネの映画の内容に直接対応するのは、霜山訳の冒頭に置かれた約70ページの「解説」である。

30分ほどのドキュメント映像が描き出すのは、膨大な囚人の全体的な運命であり、まさに「地獄絵図」である。累々たる死体の山とそれをブルドーザーで大きな穴に突き落とす非常に有名な場面などは戦後裁判の証拠資料であり、映像の多くはこの映画を通じて世界的に流布した。収容所での迫害と大量殺戮をリアルに示す素材として、現在でも第一級の映像史料である。

本書が示すように、ドイツ、フランスなど各国では映画が歴史政治教育で重要な役割を果たしてきた。最近のフランスでは人種主義的事件の勃発に対峙してテレビで放映されるまでになったという。そもそもレネは、アルジェリア戦争に対する批判と警告を込めて、戦争の悲劇的帰結を描き出したのだった。新進の映画監督レネは、第二次世界大戦歴史委員会から制作を打診された。委員会代表は著名な歴史家でレジスタンス活動家だったアンリ・ミシェルである。

「夜と霧」命令は、ヒトラー命令に基づき、国防軍最高司令部長官カイテルが1941年12月7日に発した。対ソ戦での苦境、ナポレオンの敗北が連想される「冬の危機」に、西部諸占領地における第三帝国への抵抗が呼応し、拡大した。命令は、増える容疑者を「夜と霧」に紛れてドイツに連行し、特別法廷で死刑判決を下すか、あるいは裁判抜きで強制収容所にぶち込むためであった。政治的抵抗勢力の鎮圧と占領地民衆抑圧の武器が「夜と霧」命令であった。約7千名がこの犠牲者となった。その大半はフランス人であった。

しかし映画がその内実において冷徹に証拠づけたのは占領地の政治的弾圧ではなく、ユダヤ人大量虐殺であった。本翻訳書のオリジナルタイトルを直訳すれば、『ホロコーストの暴露―映画「夜と霧」の国際的受容―』である。1941年12月はまさにヒトラーのユダヤ人絶滅命令が発された時でもあった。それは軍事同盟国日本の真珠湾攻撃を受けての対米宣戦布告、文字通りの世界戦争への突入と関連していた。これこそが彼のユダヤ人絶滅命令を決定づけた。二つの命令は全く別物でありながら、独ソ戦から世界大戦への大転換と総力戦の泥沼化と内的に密接に関連していた。

だが、ナレーションにおいて映画の主要な内容がユダヤ人の大量虐殺だったということはまったく明示されていない。当時のフランス人意識において人種的強制移送と政治的強制移送が区別されるのは見たくないという状況がそこに反映していたという。

しかも、映画は、最初、二回も検閲を受けた。フランスのユダヤ人収容所の場面でフランス人憲兵が見張りに当たっていた。それはヴィシー政権がフランス系ユダヤ人の迫害に加担していたことを示し、レジスタンス神話に打撃を与えるものであった。在仏ドイツ大使館からのカンヌ映画祭コンペティション部門取り下げ要請は大きなスキャンダルとなった。しかし、それを契機にドイツ本国では数年のうちに積極的な受容の態勢が構築された。

他方、イスラエルにおいてはユダヤ人虐殺が明示されない映画は当初受容されなかった。

検閲・輸入禁止が長く続いた日本での受容はどうであろうか?(庭田よう子訳)
この記事の中でご紹介した本
映画『夜と霧』とホロコースト/みすず書房
映画『夜と霧』とホロコースト
編集者:E・ファン・デル・クナープ
出版社:みすず書房
以下のオンライン書店でご購入できます
「映画『夜と霧』とホロコースト」出版社のホームページはこちら
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