アイルランド史 書評|上野 格(山川出版社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年10月13日 / 新聞掲載日:2018年10月12日(第3260号)

豊かな研究成果への導き手に 
長年強く求められてきた学術的入門書

アイルランド史
著 者:上野 格、森 ありさ、勝田 俊輔
出版社:山川出版社
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本書の編者のひとりである上野が「はじめに」で触れているように、本邦ではこれまで「アイルランド史はイギリス史に織り込まれるか、付録のごとく巻末に掲載されることが多」(i頁)かった。学術研究の現場において、「イギリス史」の一部ではない「アイルランド史」の、日本語で読める学術的入門書は長年強く求められており、本書の発行は非常に喜ばしい成果と言える。殊に、初学者が「アイルランド史」を独立した問題系として捉えられるのは本書の大きな貢献となるだろう。また、14名の執筆者の専門領域の多様さからは、日本のアイルランド史という分野の成熟を感じさせる。さらに、ここ数年の間に英米圏でもアイルランド史の概説書の出版が相次いでおり、これらの記述と本書を組み合わせることで、より豊かな研究成果を生み出すことが可能になると期待できる。

本書は序章、9章からなる本論、および18のコラム的な補説からなり、8章までは時代順にアイルランド史を俯瞰する。第1章・第2章では、古代から13世紀までが主にキリスト教の伝来からヴァイキングの植民から説明されている。続く近世を対象とする第3章・第4章では、16~17世紀に宗教改革とイングランドやスコットランドからの植民によって、土着アイルランド系住民、カトリックのイングランド系住民、プロテスタントのイングランド住民から成る複雑な社会が形成され、イングランド議会とアイルランド議会、アイルランド総督府など、ブリテン諸島全体を覆う重層的な政治力学の下で、クロムウェルによる土地収奪から名誉革命を経て、プロテスタント優位社会を特徴とする18世紀に至る様が提示される。第5章と第6章は19世紀アイルランドを描く。5章では、ブリテンとの合同とカトリック解放の問題がダニエル・オコーネルを軸に語られ、第6章ではクロムウェルの征服と並ぶアイルランド史上の大惨事とされる大飢饉と、その結果生じた離散民の問題が論じられる。第7章では19世紀後半から20世紀初頭にかけて、アイルランドが独立へと向かう時期が描かれ、自治問題と第一次世界大戦による「アイルランド・アイデンティティの分化」の過程が示される。第8章では1916年のイースター蜂起を起点として2000年代を終点とする、20世紀におけるアイルランド共和国の経験がバランスよく描かれる。そして最後の第9章に据えられるのは北アイルランド問題についての章である。1800年頃から現代の和平プロセスまでが描かれ、ブリテンの一部でありアイルランドの一部でもある、という同地域が置かれる複雑な状況を歴史的経緯から理解させてくれる。

それら本論で示されるアイルランドの通史に、重要事項の詳細解説や近年のアイルランド史研究で注目すべき論点を付けくわえているのが補説である。しかし、紙幅の都合上、端的にすぎる説明も見られるため、欲を言えば補説の文末でも参考文献に言及する等の配慮が欲しかった。

加えて、本書末尾には、詳細な年表と参考文献表が載せられており、読者をより発展的な研究へと誘う。参考文献表を眺めてみれば、しかしながら、我が国のアイルランド史研究が近代史偏重の傾向にあったことに気づく。近代以前を扱う第1~4章の参考文献のうち、日本語文献はわずか3本に留まる。本書がこのような日本の学界状況を変える契機となることを期待したい。

本書が、アイルランドに関心を持つ学生や研究者必携の書となることは勿論だが、現在のアイルランド、ブリテン諸島、西欧世界あるいは大西洋世界情勢を知るための一助として一般読者にも広く読まれることを心から願う。上野は、「なぜ今アイルランドか、と問うことで私たちにしか見えない何かがみえてくるのではないか」(11頁)と問うているが、本書が私たちにしか見えない「アイルランド史」の導き手となることを期待してやまない。
この記事の中でご紹介した本
アイルランド史 /山川出版社
アイルランド史
著 者:上野 格、森 ありさ、勝田 俊輔
出版社:山川出版社
以下のオンライン書店でご購入できます
「アイルランド史 」出版社のホームページはこちら
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