オブジェクタム 書評|高山 羽根子(朝日新聞出版)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年10月13日 / 新聞掲載日:2018年10月12日(第3260号)

テクストに開いた空隙をモチーフにした非凡な作家

オブジェクタム
著 者:高山 羽根子
出版社:朝日新聞出版
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本書の表題作は、ある男が車で帰郷するシーンからはじまり、少年期に体験した「謎」の系(連鎖)をめぐる作品である。その「謎」は祖父にまつわるもので、祖父はアウトドア用のテントの中でカベ新聞を作っていた。それだけでなくパンチカードにデータを記録する方式の一つであるホレスリコードにより「謎」のメッセージを仕込んだり、石とペットボトルで移動遊園地を再現したりする。さらに偽札作りに関与していたのではないかという「謎」まである。このような「謎」は、小説が物語である限り、読者の関心を引く上ではありふれたものであろう。つまり「謎」に対する答えを読者へ差し出すことを遅らせること(遅延)により、「次はどう展開するか」という楽しみを私たちに提供し、作品を最後まで読ませるわけである。純文学やSF以外のジャンル、つまりミステリやサスペンスはそれを前景化したものと考えたらいい。

さて本作で注目したいのは、町自体をデータベースと捉え、さまざまなデータを祖父独自の回路によってニュースに仕立てていくところである。祖父曰く「この町のたくさんのデータを集める。単純な数字がつながって関係のある情報になり、集まって、とつぜん知識とか知恵に変わる瞬間がある。生きものの進化みたいに」。要するに生物の進化になぞらえながら、「遺伝子」にあたるデータを組み換え、その情報から、知識・知恵へと進化させるということだが、これは非有機的生命工学における「バイオニック生命体」のように町自体を捉えているとも考えられ、とても興味深い。町のデータベースにあたる図書館が、本書の舞台の一つにされたのも、故がないことではないだろう。

他方、題名の「オブジェクタム」とは、前に投げる、前に置くから派生した「目的・対象」という意味のラテン語である。この語は中世以降、たとえばデカルトやスピノザの哲学においては、realitas obiectivaという風に使われたが、これは「表象された最低限の事象内容」という意味である。高山がこの用語を念頭において本作を執筆したと仮定するなら、その「最低限の事象内容」とは「主人公の主観において把握できた客観的事実」という意味合いになる。表題作で私が評価したい点は、客観的な出来事が、常に主人公を含めた複数の主観によって把握したものにすぎず、その限定された出来事が、町の住民による共同幻想へと繋がるプロセスを、記憶の曖昧さとリンクして描いたことである。

高山は前作『うどん キツネつきの』所収の「おやすみラジオ」においては、子どもの日記形式のブログを通じてえた出来事が、いかに主人公の主観においてもう一つ別の客観的事実になるかを描出した。また同書所収の「巨きなものの還る場所」においては、ねぶたで有名な青森の町を舞台に、神馬伝説や出雲神話を巧みに絡め、現実だか幻想なのか不分明な出来事を描いた。これらは「次はどう展開するか」(経緯)だけでなく、「どうしてそうなったのか」(原因)に関する謎解きの快楽を読者に提供する。そして当然のごとく、謎は未解決の状態で、判然としがたくなるわけだが、これはテクストに開いた空隙、穴、あるいは亀裂といっていいだろう。高山はこの切断面を文学活動のモチーフにした非凡な作家であるだけでなく、文学のジャンルを横断しつつ臨機応変に対応する。その独特な文学は類例がなく、本書はその潜勢力を遺憾なく発揮した良書である。 
この記事の中でご紹介した本
オブジェクタム/朝日新聞出版
オブジェクタム
著 者:高山 羽根子
出版社:朝日新聞出版
以下のオンライン書店でご購入できます
「オブジェクタム」出版社のホームページはこちら
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