詩集 書評|ステファヌ・マラルメ(月曜社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年10月13日 / 新聞掲載日:2018年10月12日(第3260号)

「理解可能なマラルメ」を追求 
一般読者に親しみやすい現代語訳を

詩集
著 者:ステファヌ・マラルメ
出版社:月曜社
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 詩集(ステファヌ・マラルメ)月曜社
詩集
ステファヌ・マラルメ
月曜社
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一九世紀のフランス詩人ステファヌ・マラルメは、生涯に書いた主要な韻文作品を、リライトした上で一冊にまとめたが、それは死後の一八九九年に『ポエジー』と題して刊行された。本書はその全訳である。

かつてマラルメ研究会の名義であらかじめ予約した店に行くと、まちがって「マラルメ振興会・・・様」と書かれていたらしい。この話を聞くたびに思うことが二つある。第一に、当時はまだマラルメ研究が十分に進んでおらず研究者同士で情報を共有するので手一杯だったこと。第二に、もしその店で実際にマラルメ振興会なる集団が会食していたなら、会長の座にいるのは柏倉氏以外に考えられないということ。

柏倉氏にはいくつかの顔がある。(1)NHKに入社して要職に昇りつめた後、京都大学ついで放送大学で教鞭を振るったマスメディア論の実務家教員。(2)NHKパリ支局勤務の時期に、愛読するマラルメ関連の古書や骨董品を買い揃えた収集家。(3)該博なフランス文化の教養を活かした一般読者向けの著作活動を続け、その一冊が元勤務先の大学に受理されて学位を得た高学歴の評論家。マラルメ関連の著作や翻訳だけでも、ほとんどの研究者より数が多く、まさにマラルメ振興の功労者と言える。

一方、研究者の方は普段、個人的研鑽に加え、ゼミや研究会を通じてマラルメ作品を詳細に吟味する。研究発表となると、内容の妥当性はもちろん、フランス語の文法理解が少しでもおかしいと間髪入れずに厳しい指摘が飛び交う。通常のフランス語のコミュニケーションなら、一つくらい複雑な表現がわからずとも意思疎通に困らないものだが、マラルメの詩を精読する際には、原文の一語一句に精密な理解が求められる。

そのため、研究者が訳す場合、フランス語の理解の精密さと、主要な先行研究の議論に対する訳者なりの見識を一行ごとに示すべく倒置文が多用されて読みづらくなりやすい上に、複雑な構文を日本語で模したり、訳者の美学を反映して凝った和語や漢語が散りばめられたりと、一般読者より同業者の目を意識した“見せ訳”であることが多い。

ここに柏倉訳の強みがある。本詩集は、注釈が付されていない反面、研究者のコミュニティに気兼ねがなく、一般読者に親しみやすい現代語で翻訳が試みられている。

とはいえ研究者の訳と比べて粗がないわけではない。例えば、巻頭作品「挨拶」の三行目に《Telle loin se noie une troupe/De sirènes…》という一節がある。出だしが男性形のTelであれば副詞loin(遠く)を修飾するが、女性形なので倒置された主語une troupe(群れ)にかかって例示や比喩の用法となる。それゆえ全集訳では「あたかも・・・・遠く、人魚が群がって[…]沈んでゆくよう」、岩波文庫訳では「さながら・・・・ はるかに 沈む群れは/セイレーンの姿」と訳されているが、柏倉訳では「あれほど・・・・遠くであまたの人魚の群れが[…]水中に姿を没する」となっている。実を言うと、中級以上のフランス語文法に関する誤訳の類は、本詩集ではけっして少なくないが、おそらく柏倉訳の意義はそこにはない。Telle loinも口頭ではTel loinと同音なので、訳者は本業のかたわら、この詩を何度も口ずさんできたのだろう。マラルメに注がれた情熱や翻訳に対するこだわりは彼のブログ「ムッシュKの日々の便り」でていねいに綴られている。本書の購買層にはマラルメ読者のほかに柏倉読者も多いだろうから、彼のマラルメ観をブログや著作で補完するのが、注釈のない本書にふさわしい味わい方ではないかと思う。

また、柏倉訳は、西脇順三郎訳のような詩人の二次創作に近い試みとも異なり、近年の研究成果を踏まえている。とりわけ、川瀬武夫の一連の初期詩篇註解や「とむらいさかずき」註解(一部はウェブ上で閲覧可)、原大地の著書『不在の懐胎』を参照した形跡がはっきり見てとれるのだが、彼らの試訳に全面的に依拠しているわけではなく、ところどころ立ち止まってみずから考えた独自の訳文が当てられている(「挨拶」の「あれほど遠くで」もおそらくそうした個人的選択の結果だろう)。

本詩集の「あとがき」では「理解可能なマラルメ」を追求したらしき旨が述べられており、この狙いには敬服するほかない。そして既訳の読みづらさの最大の要因の一つは、執拗な倒置文体にあるのだから、もし本書が、倒置をなるべく避けた形で実現されていたとすれば、まちがいなくマラルメ翻訳史を画する訳業となりえただろうが、唯一惜しむらくは、そうした構文上の改善がほとんど見られない点である(例えば「君たちの不安な期待を思えば、私としても見てみたい」(97頁)から倒置とともに続く9行は、参照元である川瀬の完全に「理解可能」な抄訳から大きく後退した、かなり読者を戸惑わせる訳文ではなかろうか)。むしろこれは、柏倉氏が次世代の学究たちにゆだねた課題と受け取るべきかもしれない。

最後に、本書のもう一つの味わい方を提案しておくと、柏倉氏の比較的やさしい訳文でマラルメの詩の字面になじんだあと、岩波文庫訳とその注釈で作品の理解を深めるというのが、現時点ではベストの訳書活用法だと考えられる。(柏倉康夫訳)
この記事の中でご紹介した本
 詩集/月曜社
詩集
著 者:ステファヌ・マラルメ
出版社:月曜社
以下のオンライン書店でご購入できます
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