植民地・朝鮮における雑誌『国民文学』 書評|渡邊 澄子(彩流社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年10月13日 / 新聞掲載日:2018年10月12日(第3260号)

植民地・朝鮮における雑誌『国民文学』 書評
「日本語文学」という問題領域の所在をあぶり出す試み

植民地・朝鮮における雑誌『国民文学』
著 者:渡邊 澄子
出版社:彩流社
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日本の大学で日本文学を教えていると、しばしば東アジアからの留学生を指導することになる。本書の著者もまた、長年そのような場で何人もの韓国人留学生を指導してきたのだというが、実は彼/彼女らを「教える」という経験が、実際には日本人教員の側こそ「教えられる」経験でもあったのだ、という認識が本書の根底にはある。そもそもなぜ彼/彼女らは「日本文学」を研究対象に選んだのか、その背後にどのような歴史が横たわっているのか。著者は、留学生たちとの関わりを経て雑誌『国民文学』の存在に行き着く。それは、日本による植民地統治時代の朝鮮で、日本語を「国語」として強要された人々が、その「国語」によって実践した文学表現、すなわち「国民文学」を発表するための場である。このような日本語雑誌の存在を知った著者は、これを通読しながら「贖罪感に身を揉まれ」たという。本書を貫くのは、朝鮮で書かれた「日本語文学」の存在に改めて遭遇した「日本文学」研究者の「慚愧の思い」である。

全体は四つの章に終章を付け加えた五つのパートからなる。第一章「「皇道精神の昂揚」を掲げた朝鮮文壇」は、雑誌『国民文学』創刊の歴史的な背景を概観した上で、主宰者・崔戴瑞と日本人文学者との共犯関係という視点から誌面を概観し、プロレタリア詩人・中野鈴子(中野重治の妹)などによる寄稿の実態を浮き彫りにする。第二章「田中英光を中心に」では、田中英光をはじめとする何人かの日本人文学者たちの『国民文学』へのコミットのありように焦点を絞った検討が行われる。続く第三章「日本人文学者の躍進ぶり―田中英光を中心に」では、『国民文学』のみならず『京城日報』や雑誌『緑旗』など、『国民文学』と同時期に刊行されていた他メディアにおける田中英光ら日本人文学者のプロパガンディストとしての様相が批判的に検証される。さらに、第四章「戦時下植民地に於ける日本語雑誌」では、今日の安倍晋三政権への批判意識を前面に押し出しながら、戦時下における朝鮮文壇を虚実ない交ぜにして描いた英光の代表作『酔いどれ船』(一九四九年)の内容を批判的に読解し、終章「言わねばならぬこと」では、『国民文学』を含む戦時下におけるマス・メディア言説の危うさが、フェイク・ニュースに満ちた今日の言論状況に重ね合わされる。

誰が正統な「国民」で誰がそうではないのか、という線引きを強化しようとする排外主義的な言説が飛び交う今日、植民地・朝鮮において「国民文学」を希求する文学者たちの言葉が帯びてしまった暴力性といかがわしさについて、正面から捉えようとする本書の問題意識は貴重である。もっとも、そうした批評の言葉が時に、批判対象であったはずの「情緒的な用語」や「感情への訴え」(一六八頁)を自ら体現してしまうことは、本書の価値を減じかねない。「鳥肌が立つ」(一六頁)、「陳腐な煽りとしか思われない」(六七頁)、「嫌気がさした」(一二六頁)等々、枚挙に暇がないが、生理的な嫌悪感をそのまま吐露するような表現は、本書の趣旨と矛盾しないだろうか。

それにしても、『国民文学』のような雑誌の存在を前にして、「日本文学」研究者がなさねばならない課題は決して少なくない。「日本文学」を「日本語文学」と呼び改めるだけなら、それはある種の欺瞞でもあるだろう(実際、英語に翻訳してしまえば二つの呼称の差違は消失してしまう)。朝鮮半島でも中国大陸や台湾でも、『国民文学』のような日本語メディアは多数、刊行されていた。かつての統治国と被統治国の研究者が連携することで、死蔵され、あるいは散逸してしまったのかもしれないこうしたメディアが、今後いくつも掘り起こされていくかもしれない。本書がこうしたメディアと共にあった「日本語文学」という問題領域の所在をあぶり出す試みであることは間違いない。
この記事の中でご紹介した本
植民地・朝鮮における雑誌『国民文学』/彩流社
植民地・朝鮮における雑誌『国民文学』
著 者:渡邊 澄子
出版社:彩流社
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