第54回谷崎潤一郎賞 第13回中央公論文芸賞 贈賞式|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2018年10月19日 / 新聞掲載日:2018年10月19日(第3261号)

第54回谷崎潤一郎賞 第13回中央公論文芸賞 贈賞式

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星野智幸氏と朝井まかて氏
10月9日、東京都内で第54回谷崎潤一郎賞と第13回中央公論文芸賞の贈賞式が開催された。受賞したのは谷崎賞が星野智幸氏の『焰』(新潮社)、中公文芸賞が朝井まかて氏の『雲上雲下』(徳間書店)。

選考委員代表と受賞者の挨拶で、谷崎賞選考委員の桐野夏生氏は「『焰』は九篇の短篇からなっている作品ですが、短篇集と異なるのはプロローグとエピローグを加えて短篇を繋げ、長篇とも言える作品に仕上げていることです。そこでは虐殺の場に置かれた追い詰められた人々が、一人減り二人減り、やがて九人となり、そこから最後の一人になるまでそれぞれの物語を語るという劇的な構成となっています。

15年ほど前に、ある文芸誌で星野さんと対談させていただいたことがありますが、その時に星野さんが、この国の同調圧力について語っておられたことが大変印象的でした。しかし『焰』には、もはや同調圧力などというレベルではなく、もっと醜悪で邪悪な何かがひたひたと迫る様子が描かれているような気がします。その醜悪で邪悪なものが、もしかすると私たちの心の中にも潜んでいるからこそ恐ろしいのではないか。ここには銃撃を受ける立場になるのか、銃撃を指示する立場になるのか、はたまた身に覚えのないデマにより無残に殴り殺されるのか、あるいは殺す側に回るのか。その可変性さえも書いておられるように思います。そして何よりも驚いたのは星野さんの予知能力でした。たとえば異常高温で狂う人々や、久しぶりに会うと排他主義になっている友人、あと大相撲の世界の閉鎖性など、書かれたもののごとくに世の中が変化してきているのに驚きました。というわけで私たちは星野さんと同時代に生きている幸せを噛み締めていいのではないかと思っています。これからますますのご活躍を祈念しております」と挨拶した。
焔(星野 智幸)新潮社

星野 智幸
新潮社
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星野氏は挨拶で先日の「新潮45」の問題に触れ、「この本の示す世界像は、私たちの生きるこの世が憎悪、憎しみに覆われていくことへの悲観と、そこからの離脱です。「悲観」と申しましたが、それは「諦め」を意味しません。むしろ憎悪に与しないための、拒絶です。にもかかわらず、まさにその憎悪が新潮社の雑誌を乗っ取ってしまった。けれど、僕が一緒に本づくりをした人たちは、憎悪に加担してはいません。そういうことに与しないという本を作っているわけですから。

差別やヘイトスピーチといった憎悪の目的は、世の中を敵と味方に二分して争いを拡大させることです。社会中が憎み合って、どこもかしこも敵同士になることを望んでいるのです。憎悪の目的をくじけるのは、憎み合わず、叩き合わずにいる姿勢です。憎しみに洗脳されたくないと感じている人は誰であれ、分断されずに協調しあっていくことが肝心なのです。

差別的、ヘイト的な言葉がこの社会を動かしつつある現状を、文学は少々ないがしろにしてきたのではないか。ただの古くなった価値観を振りかざしているだけで、自分たちの表現の自由を維持するための努力を怠ってきたのではないか。そう感じることが増えています。文学とは猛毒を薬に変えて差し出す表現です。だから作家は何が言葉の暴力で何が表現なのか、よく知っておかねばなりません。文学の業界、出版の業界が、そういう現場の感覚にうとくなっていることが、「新潮45」の問題を許した一因でもあると思います。

危機というのは常にチャンスでもあります。危機を克服するために学び、考えれば、それはチャンスに変わるのです。業界全体で、ヘイトと表現の自由について、学び考えていければと願っています。僕自身も、毒があふれるいまの社会、毒が強ければ強いほど薬の強さも増すという思いで、この受賞に背中を押してもらいながら、さらに時代にふさわしい自分の文学を作り続けるつもりでいます」と語った。(スピーチ全文は星野氏のブログに掲載されている)
雲上雲下(朝井 まかて)徳間書店
雲上雲下
朝井 まかて
徳間書店
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中公文芸書賞選考委員の浅田次郎氏は「浅井さんは史実に根ざした硬派な歴史物を書くイメージがあったのですが、今回は一転して民話の世界だったので驚きでした。しかもこの作品は作者の手にあっていて、他の人が書けるとは思えないものでした。普通民話は寓話性が必要なのですが、大人の読み物としてはそういう面倒なことは書けない。ならば小説の重心をどこに持っていくのかと思えば、一番最後に非常に今日的な物語の喪失というテーマを持ってきて、これを重心に据えてしまった。これはすごいということで賞に推させていただいた次第です。浅井さんはこれからもすごい小説をたくさん書かれると思いますが、この作品は浅井さんにとってとてもいいタイミングで書かれた小説で、作家人生の中でも輝かしい一冊になると信じています」と話した。

浅井氏は「8月の終わりにロシア正教の取材をするためにサンクトペテルブルクに行きました。そこで由緒ある教会の礼拝を見学させていただいたのですが、イメージと違ってわりと自由な感じがありました。ロシア正教はロシア革命によって大変な迫害を受けて、後に政府が管轄するという時代もありましたが、私が見た教会の様子はとても民衆に近く、地域で支えている感じがしました。歴史を経て本来の祈りのかたちに戻ったような姿に胸を打たれ、教会を後にして携帯のスイッチを入れたら、この賞を受賞したというお話をいただきましたので、私にとってはまさにファンタジックな一日となりました。民話伝承というものは日本の風土や社会のありように根ざしたものですが、それを語り伝えてきた人々の怒りや喜び、悲しみや狡猾さ、そして希望や祈りといったものは、先程の祈りの原型のかたちのように世界に共通するものだなとつくづく思っています。『雲上雲下』が日本以外の方が読んだらどんな読み方をしてくれるのかなとも思いますので、この受賞を機に翻訳してやろうと思ってくださる出版社があればどうぞご連絡ください」と挨拶した。
この記事の中でご紹介した本
焔/新潮社
著 者:星野 智幸
出版社:新潮社
以下のオンライン書店でご購入できます
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