書物と権力 中世文化の政治学 書評|前田 雅之(吉川弘文館)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年10月20日 / 新聞掲載日:2018年10月19日(第3261号)

「古典的公共圏」の成立 
江戸期以前、書物はどのような役割を果たしたか

書物と権力 中世文化の政治学
著 者:前田 雅之
出版社:吉川弘文館
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プロローグで著者は、出版業が興った江戸期以降現在まで、書物は売買可能な商品であり、人々はそれをおもに実用、趣味・娯楽、教養といった目的から読んできたとした。そのうえで、それ以前には書物が如何に読まれ、普及し、書物自体がどのような役割を果たしたか、という点に注目したのが本書である。

章立てを追って概要を示せば、まず「古典的公共圏」では、中世社会で古典的教養を身につける書物は『古今集』『伊勢物語』『源氏物語』『和漢朗詠集』だったが、これら四書は鎌倉時代末期までに注釈書や校本が作られ、規範とされる作品として「四大古典」とも言うべき書物であったとする。こうした文化的な要素も共有する政治的・経済的・宗教的な社会秩序を「古典的公共圏」と名付け、その成立時期を後嵯峨院政期として、それ以後古典や和歌を度外視した人間関係は存在しなくなるとした。そして「伏見宮家と足利将軍」では、具体的に『風雅集』や『玉葉集』をめぐる動向を検討し、両書を贈与した伏見宮家にとっても、それらを受け取った足利将軍家にとっても、その行為は権力と権威の正統性を確保する役割を果たしたとした。また「一条兼良『源語秘訣』の変遷」では、死去に際し「日本無双の才人」などと称された兼良の『源氏物語』注釈をめぐる行動に注目した。とくに子息冬良に伝えた秘伝書『源語秘訣』について、「堅く外見を禁ず」とされながらも、活発に展開された書写活動と広範な伝本状況を検証し、最終的には不特定多数の目に触れることが可能となる板本の作成に至る経緯を明らかにして、同書が「秘匿されながら公開される」ことで権威的な書物となっていく様子が描かれた。そして「書物をめぐる知と財、そして権力」では、連歌師宗祇と西園寺実隆との交流を中心に「知と財」の関係を検討しながら、経済的な理由をきっかけに「知」が地方に伝播する様子を追い、古典的公共圏の拡大と深化という結果をもたらした、とした。最後に「書物の移動をめぐる力学」では、『三十六人家集』が後奈良天皇から本願寺証如に下賜された経緯のほか、三作品が移動する具体例を紹介しながら、書物は権力と権威を有していたとする。そしてエピローグで、前近代で古典的書物は、権力・権威と一体化したものだったと総括している。

さて評者は、書物(古典)そのものは「権力」にはなり得ないと考えるので、本書名には違和感を持ったが、この点には著者も「あとがき」で説明を加えている。一方で書物が「権威」を体現・付与するひとつの道具という見方には、大いに共感する。そしてそれは、工芸品や絵画のような他の美術品にも言えるとこれまで考えていたが、本書を通じてその認識が誤っていたことに気付かされた。他の美術品は唯一無二なことでその価値が認定され、権威と結びつくが、この点で書物は決定的に異なっていた。それは『源語秘訣』の伝本の広まりや、西園寺実隆の書写活動を想起すれば明らかで、書物はひとつの作品から、権威付けの道具を幾度も再生産することが可能なのである。なるほどだからこそ、政治的・経済的に恵まれた環境ではなかった中近世の皇族・公家社会では、積極的に「知」を集積し、その伝承方法に工夫を凝らしたのだ。本書で指摘のあった後土御門天皇の古典籍復興運動のほか、後西天皇以下による東山御文庫における集書活動も、同じ意義を持ったと考えられ、「古今伝授」などは、権威を維持する方法の結晶ともいえる。本書は評者にとって、気づきの一書であった。

最後に、気になった点をひとつ。それは古典的公共圏のその後、である。この公共圏は、一定の閉ざされた世界で形成されているからこそ、高度な権威の源泉たり得ると思われるが、「知」の地方への伝播によってそれは拡大・深化したという。この指摘には納得しつつも、そうであるならば、権威は相対的に低下することにはならないのか。書物が持つ権威の変遷にもかかわる問題であろう。
この記事の中でご紹介した本
書物と権力  中世文化の政治学/吉川弘文館
書物と権力 中世文化の政治学
著 者:前田 雅之
出版社:吉川弘文館
以下のオンライン書店でご購入できます
「書物と権力 中世文化の政治学」出版社のホームページはこちら
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