マラルメと音楽 ――絶対音楽から象徴主義へ 書評|黒木 朋興(水声社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2018年10月22日 / 新聞掲載日:2014年1月10日(第3022号)

詩と音楽の競合関係を歴史的文脈において明らかにする

マラルメと音楽 ――絶対音楽から象徴主義へ
著 者:黒木 朋興
出版社:水声社
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ある人の詩を音楽的だ、と評したとする。言われた詩人が、「いや、わたしの詩は詩であって断じて音楽などではない」などと怒りだしたら、彼はよほどの偏屈をもって通るだろう。ここで音楽とは、耳の快楽に対するありきたりな賛辞でしかない。あるいは、詩は散文よりも音楽的だ、と言ったりする。すると詩から散文的な要素を除いて純化するならば音楽になるのか、という疑問も起こる。音楽を詩の理想とすることはある種の紋切り型だろうが、立ち止まって、そこで含意されている「音楽」とは、私たちが耳にしているあの「音楽」という芸術とどんな関係があるのか、と考えると問題は錯綜する。

『マラルメと音楽――絶対音楽から象徴主義へ』は、ステファヌ・マラルメという詩人を語る際にこれまで音楽という言葉が使われ続けて来たその内実を、鋭く問う著作である。マラルメと同時代のヨーロッパで最も影響力をふるった音楽家といえば、リヒャルト・ヴァーグナーを措いていない。フランスにおける初期のヴァーグナー信奉者サークルに友人知人を持っていたマラルメは、ヴァーグナーに関する文章を寄せるよう依頼された。彼は、詩は音楽によってその固有の義務を簒奪された、と言って――多分にユーモアを込めてではあるが――危機感を表明している。黒木氏の著作は、詩と音楽のこの競合関係を歴史的文脈において明らかにするものである。

鍵となるのは「絶対音楽」という概念である。十九世紀後半に形成されつつあった統一ドイツは、音楽をもって国民芸術とした。その際「絶対音楽」は、ラテン的伝統――イタリアやフランスのオペラ――に対するゲルマン的伝統として概念化される。交響曲のコンサートこそは、器楽を中心に据えるこの音楽の典型的な発現の場であった。

絶対音楽という言葉はヴァーグナーが初めて使ったものとされる。ただし彼はこれを、自身の総合芸術によって止揚される段階として、いわば否定的に用いたのだった。ヴァーグナーは絶対音楽の旗振り役であった美学者ハンスリックとはつねに対立している。黒木氏の議論は、ヴァーグナーという絶対音楽の対立者を通じてドイツ音楽を受容したフランスの聴衆は、前提となる美学概念を理解しないままにそれを聴くことになった、というものである。一八八〇年代以降、公衆コンサートに通って音楽に親しんだマラルメも、絶対音楽の、この無意識的な聴衆のひとりであった。

黒木氏は、フランス人の絶対音楽への無理解は今も続いている、と厳しく指摘する。これこそ、マラルメや、象徴主義とひとまとめに呼ばれる詩人たちに関して、音楽という言葉が濫用されてきた原因なのだ。フランスでは、厳密な意味での音楽、すなわち絶対音楽はほとんど問題にならない。あるのは詩を音楽に較べる凡庸な比喩ばかり、ということになる。黒木氏は、文学と音楽の対話、またフランス文明とドイツ文化の対話が困難であることへのいらだちをほとんど隠さない。このいらだちは、あるいは、ドイツ人を妻としながらドイツに徹底的な無関心を貫いたマラルメ自身にも向けられているかもしれない。

この豊富な知見を含む書物に敢えて異論、というほどではない、私なりの見方をつけ加えるとすれば、次の問いに限定される。――マラルメにとって、沈黙とは何かの喩えであったのか。

私が思うのは、亡きテオフィル・ゴーチエに捧げられた詩「とむらいの杯」の末尾、最終行に突如現れる沈黙と夜である。巨匠の壮麗な墓と理想の園の輝かしい描写を経たのちに詩人が辿り着くこの沈黙こそは、ロマン主義の音楽が決して到達しなかった地点ではないか。それが限界において指示しているのは、単に「ない」ということ、一切の虚飾文飾を切り捨てた無である。――詩は、マラルメによるならば、黙することができるのだ。この沈黙は(おそらくメーテルランクの戯曲を経由して)ドビュッシーの音楽を養った。しかし、音楽が完全に沈黙するまでには、例の四分三十三秒のタチェットを待たなければならなかった、と、こう断定するのもまた文学者の奢りだろうか。
この記事の中でご紹介した本
マラルメと音楽 ――絶対音楽から象徴主義へ/水声社
マラルメと音楽 ――絶対音楽から象徴主義へ
著 者:黒木 朋興
出版社:水声社
以下のオンライン書店でご購入できます
「マラルメと音楽 ――絶対音楽から象徴主義へ」出版社のホームページはこちら
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