生活者と社会科学 「戦後啓蒙」と現代 書評|寺田 光雄(新泉社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年10月23日 / 新聞掲載日:2014年1月10日(第3022号)

戦後啓蒙の知識人がたてた問題設定を現代から再考する

生活者と社会科学 「戦後啓蒙」と現代
著 者:寺田 光雄
出版社:新泉社
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社会科学の知は人びとの自己形成の糧となりうるのか。社会科学は生活者が個として自立するための役に立ちうるのか。戦後啓蒙の知識人がたてたこの問題設定を現代から再考するというのが本書の主題である。

この古風なタイトルを掲げた本書は、戦後啓蒙のこの問題設定を、戦後啓蒙を超えて掘り下げることによって、戦後啓蒙の知識人の限界を看破すると同時に、生活者にとっての知のあり方を模索する新地平を開示する。

第一部「戦後社会科学の視座転換」では、社会科学を社会事象の因果連関の法則認識の学に還元せずに主権在民の理念を社会に根づかせる方法として鍛えようとした戦後啓蒙思想が、その問題設定をつきつめることによってみずからの限界を自覚し、視座の転換を図っていく過程が追究される。

丸山眞男は「超国家主義の論理と心理」において、支配者の側からする歴史観を人びとの人権の側からする歴史観へと転換する新機軸を打ち出した。だが、丸山は戦後の高度成長の過程で湧き上がる人びとの赤裸々な欲望の噴出を否定的に捉え、生活者の自己形成をあくまで俯瞰的・理念的な立場から眺めるだけであった。内田義彦は『社会認識の歩み』で丸山と同じ俯瞰的・理念的な見方を保持していたが、その限界に気づいて『作品としての社会科学』では、生活者の自己表現の次元に立ち入ってそこから社会科学が一人一人の中で自己変革を引き起こす道を探ろうとした。しかし内田の考察はその道に具体的に踏み込む作業に立ち入ることはなかった。この作業に本格的に取り組んだのが、安丸良夫に代表される民衆思想史研究である。安丸は民衆の通俗道徳に分け入り、民衆の生活の細部に内在しつつ、そこから歴史の全体へと迫ろうとする。

この戦後啓蒙の視座転換の考察を踏まえて、第二部「生活者の側から見た社会科学へ」では、戦後社会のなかでうごめく主体化模索の動きに寄り添いながら個としての人格的成長を育てようとした人びとの実践的な取り組みに焦点が当てられる。教育の現場で自立した個の人格的成長を教育の課題として実践してきた無着成恭の山びこ学校、太田堯の教育実践論、アカデミズムの哲学研究の道を捨てて学習塾の教師として自立した子どもの教育に取り組んだ長谷川宏・長谷川摂子夫妻、日本の現状に疑問を抱きつつ、等身大の生き方から新しい人間関係を模索しようとする若者の国際ボランティア運動、などが考察される。

本書は戦後の経済成長の過程で出現する私生活主義、個人主義の動きにたんに肯定的に依拠するわけではない。その動きがもたらす新しい分断、階層化、リスクをも見据えながら、個人の多様な自己形成を基盤にした社会形成の可能性を探ろうとする生活現場の実践を丹念に描き出そうとしている。

本書で興味深いのは、戦後啓蒙から距離を置き批判的なスタンスに立つ安丸良夫や長谷川宏のような研究者が、戦後啓蒙のたてた問題設定を戦後啓蒙よりも深く掘り下げるものであることを浮き彫りにしたことにある。

長谷川宏は、子供時代に直面した敗戦体験を通して、国家が崩壊し個としての自己だけが確かなものと感じられたというその感覚を起点にする。その感覚からすると人びとを物化された欲望へと誘導し、孤立した私人へと分断する高度成長は長谷川にとって違和感以外のなにものでもなかった。民衆の通俗道徳のうちに民衆の自己形成の道を探ろうとする安丸良夫にとっても、高度成長が生み出す私生活主義は否定的なものでしかなかった。本書では、高度成長のなかに個としての人格的成長の可能性を探る実践をこころみた無着や太田らの教育者や研究者と、高度成長が個の自律をむしろ抑圧するものとしてそれに批判的に対峙した安丸や長谷川らの研究者を、ともに戦後啓蒙の問題設定のうちに位置づけ、評価しようとする。本書の最大の魅力はそこにある。著者は戦後啓蒙にカギカッコを付けることによって、戦後啓蒙の限界を語り出すと同時に、その問題設定が時代の制約を超えて有する普遍的な意義を語ろうとする。フクシマ後の現代においてこそこのテーマが掘り下げられるべきであることを提示した本書の意義は大きい。
この記事の中でご紹介した本
生活者と社会科学 「戦後啓蒙」と現代/新泉社
生活者と社会科学 「戦後啓蒙」と現代
著 者:寺田 光雄
出版社:新泉社
以下のオンライン書店でご購入できます
「生活者と社会科学 「戦後啓蒙」と現代」出版社のホームページはこちら
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