百フランのための殺人犯 三面記事をめぐる対談 書評|ジャン ポーラン(書肆心水)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2018年10月22日 / 新聞掲載日:2018年1月10日(第3022号)

どうして三面記事なのか 
そこには人の深い真実が隠されているから

百フランのための殺人犯 三面記事をめぐる対談
著 者:ジャン ポーラン
出版社:書肆心水
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この対話形式の三面記事論を書いたのは、両次世界大戦間のフランス文学界を代表する文芸誌『N.R.F.』(新フランス評論とも訳される)の編集長を長く務めたジャン・ポーランである。ポーランの重要性と、近年、ブランショと絡めて日本の読者に紹介された経緯については、安原伸一郎氏の行きとどいた訳者解説に譲ろう。

どうして三面記事なのか。それは窃盗や殺人、ごまかしや言い逃れのなかにこそ、人の深い真実が隠されているからである。ただし、深いというより表面に露出しているので、取り出すには手間がかかる。対話篇の常で、そそっかしいのは「私」で、相手の「マルタン」がむしろポーランを代弁する。ヴァカンス地に到着したばかりのある男が、新聞売りのスタンドで愛読紙を買おうとした。「あいにくもう一部も残っていませんわ」。それで男は新聞の山を入念に探って、ついに目指す新聞を見つけ出した。翌日、同じ売り子が、「もうありません」と言うから、「あなたは昨日も同じことを言ったね」と突っ込むと、「あらまぁ、昨日私は間違えていたのよ」と答えた。

フランス語教師風の書き方になるが、「間違えていた」には、過去の状態や習慣を表す半過去という時制が使われている。正しくは(そうです、皆さん)、複合過去で「昨日、私は間違えた」と言うべきなのだ。そこに気づかないうかつな「私」は、「ええと、この売り子は本当のことを言っていますね」とコメントして、「マルタン」から注意される。売り子は、プロなのだから、「今度は間違わないわよ」「間違っていたら気づくわよ」とか言いたがっているようだが、そこには、昨日だって、「(どれほどかすかにであれ)自分で気づいていたんですから」という含みがある。これが対談の批判するところの、過去の感情を後から類推して思い違いする、「過去の予見」である。新聞売り子は、間違えたという事実から逆算して、だから昨日は自信がなかったのよ、今度は大丈夫、と誤った推論をしている、というのである。これは言いがかりだろうか。

悪法を成立させた政府があったとする。ポーランの時代のフランス、つまり本書の執筆が1909年から1945年だから、ふたつの世界大戦を経験したフランスには、そのような政府と、それを支持してしまった国民がいた。私たちは手痛い失敗によってまさに、そういえばあの連中、怪しかったなあ、と気づくのだが、それは「過去の予見」に伴う幻想であって、私たちは何も考えずに「間違えて」――フランス語の表現では「みずからを欺いて」――そのまま安穏としていたのだ。そうでないなら、こう言うべきだったことになる。「そう言えば、あの頃、私たちは間違えてばかりだった」。それならもう気づいてもよさそうなものだ。

なぜ気づけないのか。おぞましい過去を想起するさいの防衛機制がそこに働くからである。本書は実にさらりと、「これまでの戦争によってもたらされた感情の単なる記憶に比べると、未来の戦争の可能性によって掻き立てられる情動の方が(中略)、過去の戦争によってもたらされた実際の感情に似てしまうのではないか」(p37)と書く。「単なる記憶」を戦争の悲惨さを訴える記録と記念行事だとしよう。開戦に湧き、前線でおののいた私たちの「実際の感情」に似ているのは、平和への願いではなく、むしろ未来の戦争を予期する今現在の情動の方ではないか。私たちの精神あるいは理性の「恐るべき端緒」(p58)は、すぐに忘れられてしまうが、「私たちの誰もが、一日のうち十回は人を殺したくなる」ことを肝に銘じるべきではないか。

戦争にちなんで戒めを語ったのは「私」である。第一次世界大戦に従軍したポーランは、特異な言語論『タルブの花』(晶文社の他、本書と同じ書肆心水の『言語と文学』にも所収)で、帰還兵士の言語障害について語った。戦争体験と本書の関係を論じた訳者解説も読みごたえがある。
この記事の中でご紹介した本
百フランのための殺人犯 三面記事をめぐる対談 /書肆心水
百フランのための殺人犯 三面記事をめぐる対談
著 者:ジャン ポーラン
出版社:書肆心水
以下のオンライン書店でご購入できます
「百フランのための殺人犯 三面記事をめぐる対談 」出版社のホームページはこちら
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