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”Letter to my son"
更新日:2018年10月30日 / 新聞掲載日:2018年10月26日(第3262号)

Letter to my son(14)

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(C)Eiki Mori Courtesy KEN NAKAHASHI
強い西陽から隠れるように、テーブルの端に1冊のペーパーバックがあった。あの子、忘れていったんだ。ついさっき店を出た彼を追いかけようとも思ったけど、きっと見つからないだろうなと諦める。すぐにでも、または近いうちに、ここに戻ってくるような気もした。私はテーブルを拭いてから座り、本を手にした。

少し汚れていて折り目のついた表紙には“禁色 三島由紀夫著”と書かれている。ママが最近、Memories of a Geishaを読んでいたけど、三島由紀夫っていう作家も知っているか聞いてみよう。スキットルみたいにちっちゃくて聖書みたいに分厚い本。そのページをパラパラめくると、香辛料のような甘くてスパイシーな心地いい香りが鼻腔に届く。小綺麗で大人しそうなあの男の子のイメージとは、なんとなく重ならない香りに不思議な感じがした。ずっとどこかに仕舞われていたか、誰かから借りてる本なのかも、とぼんやり思った。


1ダースほどの、焦げてまかないになったバナナマフィンがちょうどなくなった(私、絶対太ってるだろうな)、ある雨の日、男の子が再び店にやって来た。あの詩人と一緒に。「いらっしゃい! え、もう一緒に住んでるの?」「いや、来月からだよ。今日は下見に来てくれて」。「決まってよかったね」。「おかげさまで。張り紙もありがとう」「後ではずしておくね」。

ふたりは窓際の席で、外の雨粒を口にそっと落とし合うように、ぽつりぽつりと言葉を交わしている。まるで初めて会った親子みたい。年の離れた恋人同士のようにも見えた。

「あ、本渡すの忘れちゃった」。ふたりが帰った後に気がついた。私はため息混じりに笑いながら、はずした張り紙を折りたたみ、ペーパーバックに挟んだ。少し膨らんだそれに手をゆっくり落とす。ついさっきまで眺めていた、あのふたりの横顔を押し花のように残せたらいいのに。そう思った。
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