第55回文藝賞贈賞式 日上氏と山野辺氏の二作に|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2018年10月26日 / 新聞掲載日:2018年10月26日(第3262号)

第55回文藝賞贈賞式 日上氏と山野辺氏の二作に

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10月17日、お茶の水の山の上ホテルにて、第55回文藝賞(主催=河出書房新社)の贈賞式が開催された。今回の受賞作は、日上秀之氏の「はんぷくするもの」と山野辺太郎氏の「いつか深い穴に落ちるまで」の二作(作品は現在発売中の「文藝」冬号に掲載)。

各選考委員挨拶で磯﨑憲一郎氏は、「どんな小説にも言えることだが、作品が世に出れば書評などでいろいろと言われたり書かれたりする。もちろん指摘の通りだと思えば、受け入れるべきところは受け入れれば良いが、その作品を世界で一番読み返して、深く考えた人間は自分だということは忘れてはいけない。どうしても譲れないところは簡単に譲ってはいけない。忌野清志郎さんが『ロックで独立する方法』という本で、「自分の両腕だけで食べていこうって人が、そう簡単に反省しちゃいけない。」と書いているが、まさしくそうなのだと思うので、この言葉をお二人に捧げたいと思う」と、作家としてデビューする二人に言葉を贈った。

斎藤美奈子氏は「二作とも地味に変な小説だった。日上さんの作品は被災地が舞台で、ちまちました世界だけれどもなんか面白い。仮設住宅に住み、仮設店舗で働く男性が主人公で、「仮」がキーワードとなって、彼の思考自体も「仮説」となって、本当にそうなのかどうかが分からないという危うさが面白かった。山野辺さんの作品は、日本から穴を掘ってブラジルまで行くというありえない大ぼら話だが、それをいけしゃあしゃあという感じで70年ぐらいの歴史を書いている。両極端だが、どちらもとても面白く地味に変だった。私は変な作家、変な小説が伸びると思っているので、とてもいい二作を選べたと思っている」と、二作を評した。

町田康氏は「山野辺さんの作品は、普通これを書こうと思って書き始めても、たぶん原稿用紙3、4枚書いてやっぱりやめておこうと話なのに、それを最後までぬけぬけと書ききっているところを評価された方もおられたし、その通りだとも思った。おかしいところはいっぱいあるのに、結構な長さなのに最後まであまり気にせずに読ませてしまうのは一つの才能だろうと評価された。日上さんの作品は、僕はものすごく良い小説だと思う。僕が読みたいとか書きたいと思う小説は、答えから出発したものではなく、問いから出発した小説だ。作者が何を書きたいのかという答えがあらかじめ分かっていて書き始められた小説というのにはまったく興味がないし、自分も書きたいとは思わない。でもこの小説は、答えがまったくない、あるいは常に仮説を立てているのだけれども、それがいつもぐらぐらしているという状態が非常に象徴的に描かれている。この小説における問いはシンプルで、どうやったら真面目に生きられるのかというものだが、その問いは予定のルートを行くわけではなく、あっちに行ったりこっちに行ったりとどうしてもグダグダしてしまう。それは小説本来の姿だと思い評価した」と話した。

村田沙耶香氏は「日上さんの作品は読んだ時にすごく完成度が高く、どっしりとした作家としてのしつこさがある作品だと思った。この方は書くことにすでにかじりついているし、これからもかじりついていく方なのだろう。一方の山野辺さんの作品は、突拍子もないことが淡々と書かれていて、そこに心惹かれて、何度読んでも胸が高鳴る気持ちになった。すごく面白いアイデアなのに、そこに頼っていないという誠実なところに作品の魅力があった。お二人とも信頼できる書き手なのではないかと思っている。自分が受賞したときに、選考委員だった高橋源一郎さんがおっしゃってくださったのは「今はきらびやかな場所にいるけれども、作家はすごく孤独な作業だから、次からは一人の部屋に戻って淡々と書くのだ。その地味な作業が明日から待っている」という言葉だった。これをお二人にも伝えたい。また明日から地味に書く作業を続けることになる仲間になってくださって本当におめでとう」と二人を祝した。
日上 秀之氏
受賞者挨拶で日上氏は「草木の間に建物のある東北から新幹線でやってくると、全く風景が変わり都市が現れてきたことで憂鬱になってしまい、故郷と切れてしまったことが精神を破壊してしまったのだと思ったのだが、あとから、本当はこの場所はシステムが強力でシステムを越えることにリアリティがないからなのではないかと思いついた。私の住む東北の辺境では、システムの綱をいかに踏み外さないかが問われ、そこから逸脱することには過剰なリアリティが伴う。それこそが私の創作の動力であり、文学的才能のない人間に文学的なものを授けた当のものなのではなないかと思う。それがどこまで有効なのか不安を抱えつつ少しずつ前進していきたい」と語った。
山野辺 太郎氏
山野辺氏は「思えばずっとこの世界の初心者として、日々驚き戸惑いながらふらふらと歩いてきた。そんな時にもっとふらふら出来るぞと励ましてくれるのが文学というものではないか。その文学の力に励まされて生きてくることが出来たのではないかと感じているが、今度はその立場から、この広い世界のどこか、あるいは未来のどこかにいるふらふらしている誰かに向けて少しでも励ましとなるものを届けるために、これから力を尽くしていきたい」と話した。
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