ドゥルーズ+ガタリ〈アンチ・オイディプス〉入門講義 書評|仲正 昌樹(作品社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年10月27日 / 新聞掲載日:2018年10月26日(第3262号)

欲望の系譜を仙る作業の機縁に
〈フランス現代思想〉が、いかにドイツ語圏の哲学・思想・文学を咀嚼してきたか

ドゥルーズ+ガタリ〈アンチ・オイディプス〉入門講義
著 者:仲正 昌樹
出版社:作品社
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ドゥルーズとガタリ(以下DG)の共著『アンチ・オイディプス』(以下AO)が刊行されたのが一九七二年。今日、《資本主義と分裂症》第一巻として出来したこの書物を、仲正昌樹氏が詳細に注釈してゆく本書を読むと、〈ポスト構造主義〉とも称される〈フランス現代思想〉が、ドイツ語圏の哲学・思想・文学を咀嚼し、刺激的読解を提示してきた一端が、あらためて浮かびあがる。マルクス、フロイト、ニーチェはもとより、ビューヒナーそして/あるいはレンツ、シュレーバーといった人びとの思考と生がDGに強い衝撃をもたらしたことがわかる。例えばAOの主要を成す〈機械〉概念は、ビューヒナー『レンツ』からの触発なくして生まれなかっただろう。またオイディプスに密接したインセストの問題を論じるにあたり、AOが生物学者ヴァイスマンの遺伝情報論に依拠しつつ、これを拡大解釈している旨が指摘されている点も興味深い。

オイディプス・コンプレックスは「身体的非連続的」状態において成立する。他方、個体化以前の「連続的胚種的」状態においては、「人物の区別も性の区別さえももたず、ただ前人称的な強度の変化をもっているにすぎず、もろもろの度合いにおいてひとつの同じ双生児性に、あるいは男女両性状態にあるにすぎない」。AOは父―母―子という「身体的非連続的」な三つの個体とその三角関係を解体する意志を指す。言いかえるとオイディプス・コンプレックスは「内包的なもの」「〈一なるもの〉」としての胚種状態から「外延システム」への生命の移行によって成立する。そして外延から内包的〈一〉への再〈逆行〉が、〈器官なき身体〉を携えた〈分裂分析〉の綱領となる。個体または性の境界がなければ位格に基づく核家族的関係も消え、新たな人間のヴィジョンが出てくる。その意味でAOはオイディプスの徹底である。本書はこの流れを丁寧に追っている。

AOによると資本主義機械は通時的である。専制君主機械に抑え込まれた諸要素が解放されて、資本主義機械を構成する。この創造的切断の運動が「通時的」とされるのは、その過程が〈歴史〉だからである。それは既存体制を〈旧〉と見做し、自らをこれとの対比で〈新〉として語られる物語である。通時的とされる所以である。ここでの過去は現在の視点から語られ(再)構成される。資本主義は転倒した遠近法である。AOが提示する物語の主役は、拘束から逃れる欲望である。資本主義社会がなお欲望に課す制限(ブルジョアジー核家族のオイディプス的枠組)からの逃走がここでの〈革命〉である。それは欲望の〈自由〉というアナキスムである。

しかし服従への欲望もある。この事情を説くためにAOは無意識/前意識の区分を導入する。個々の身体に分子的に作用する欲望(無意識)と、階級や利益といった社会的・歴史的水準で組織されてモル的に働く欲望(前意識)の間のずれが、服従への欲望という事態を引き起こすのだと。

この両義性は、ヘーゲルにおける〈自由〉という世界史の理念を実現する過程で作用する〈理性の詭計〉の仕組みの戯画である。私たちは意識において利己的にふるまいつつ、無意識では歴史の〈理性〉に滅私奉公していると彼は考えたからだ。AOの物語は〈理性〉を〈欲望〉に置き換えたものに見える。さらに〈理性〉を〈党〉に置き換えれば、〈六八年五月〉が問いに付した〈前衛/大衆〉図式の残滓がAOにも垣間見える。一九七二年の時点でアナキスムも破綻していたのだ。ドイツ観念論というガイストは当面、私たちから離れそうにない。

資本主義的生産様式が浸透して、これと対比される〈旧〉が蒸発したかに見える今日、資本主義は存在しない、市場があるだけだと言う〈新たな人間〉(?)も出現した。この修正主義は欲望の形而上学または解放の物語に囚われており、権力への自発的服従を正統化する。本書は、こうした主張に反対して欲望の系譜を辿る作業の機縁となる。
この記事の中でご紹介した本
ドゥルーズ+ガタリ〈アンチ・オイディプス〉入門講義/作品社
ドゥルーズ+ガタリ〈アンチ・オイディプス〉入門講義
著 者:仲正 昌樹
出版社:作品社
以下のオンライン書店でご購入できます
「ドゥルーズ+ガタリ〈アンチ・オイディプス〉入門講義」出版社のホームページはこちら
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