鐘の音が響くカフェで 書評|ポール ヴァッカ(春風社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2018年10月27日 / 新聞掲載日:2018年10月26日(第3262号)

プルーストでの思い出づくり
少年の成長を描く珠玉の思春期物語

鐘の音が響くカフェで
著 者:ポール ヴァッカ
出版社:春風社
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あなたの愛する人が不治の病にかかっていたとしたら、残された時間をどうやって過ごせばよいだろう。大切な思い出を作る。でもどうやって。一緒に旅行をする? 究極のメニューの食事会をする? 長年の夢だったことを叶えてあげる? それもいいだろう。でも、あなたがまだ中学生でしかなかったら、できることは限られている。十三歳のごく普通の少年が選んだのは文学だった。それもお手軽なものではない。プルーストの『失われた時を求めて』。国語が苦手で成績も芳しくないのに、なんとまあ大胆な選択だろう。

最近、大好きな母さんの様子がおかしい。ぼくの国語の成績が悪いせいだろうか。文学好きの母さんはぼくが作家になることを夢見ているから。いや、どうやら大変な病気にかかっているらしい。だけど、父さんも母さんもぼくには何も言わない。隠したってダメだ。ぼくだってもう子どもじゃないんだから。

少年は、偶然見つけた「スワンの恋」をきっかけに、母親と一緒にプルーストを読み始める。これまで以上に、二人の絆が深まる。父親が嫉妬するぐらいだ。プルーストって何者だ。二人して、俺の知らないフランソワーズだとか、オデットの話に夢中になりやがって……。自分も仲間に入りたくなった父親は本屋に行って『プルーストのABC』なる入門書を買い求め、読んでみる。なんてこった。プルーストっていうのは、変態野郎じゃないか。同性愛者であることに衝撃を受け、おまえはこんなものを息子に読ませるのか、と当惑しながら、詰め寄る父親。当然のリアクションだよね。サッカーと釣りが趣味の普通の親父なんだから。

そんな父親も、母を思う少年の熱意に伝染し、プルーストを通して、妻の最後の時間を盛り上げることに専念することになる。まずはプルーストが滞在したカブールのグランドホテルに旅行だ。つぎは、超有名俳優ピエール・アルディティを呼んで、彼らが営む田舎のこの寂れたカフェで朗読会をしてもらう。なんと、これが実現、母は大喜びだ。きわめつけは、村人たちに『失われた時を求めて』の登場人物になってもらい、芝居に仕立てること。脚本と演出は、もちろんこのぼくだ。こうして、それまでギクシャクしていた父と息子が、最愛の人のために一大イベントを仕立て上げるという流れを感動的と言わずして、なんと言おう。

プルーストでの思い出づくり。確かにハードルは高いが、考えてみれば、これほど無尽蔵な鉱脈はない。作家にまつわる伝説も豊富だし、畢生の大作『失われた時を求めて』はエピソードの宝庫だ。ピリオードなしに何行にもわたって続く特異な文体。紅茶に浸したマドレーヌから蘇る「無意志的な記憶」。登場人物も多士済々、ゲルマント公爵夫人、シャルリュス、スワン、アルベルティーヌ、作曲家ヴァントゥイユ、画家エルスチール……。ポール・ヴァッカの第一小説『鐘の音が響くカフェで』は、それらを巧妙に用いながら、魔の年齢とも言われる十三歳の少年の成長を描く。珠玉の思春期物語と言ったら、褒めすぎだろうか。それでも、読みながら、思わず中学生だったあの頃の熱い気もちが蘇ってきた。これこそ無意志的記憶の力(?)。

そうはいっても、プルーストを読んだことないし……、というあなたも恐れをなす必要はない。むしろ、プルーストの世界に入りたいと思いながら、ためらって尻込みをしていた人にとってこそ、本書は格好のプルースト入門にもなるだろう。訳者が、でしゃばりすぎない、丁寧な訳注をつけてくれているのも、ありがたい。(田村奈保子訳)
この記事の中でご紹介した本
鐘の音が響くカフェで/春風社
鐘の音が響くカフェで
著 者:ポール ヴァッカ
出版社:春風社
以下のオンライン書店でご購入できます
「鐘の音が響くカフェで」出版社のホームページはこちら
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