発達障害に生まれて 自閉症児と母の17年 書評|松永 正訓(中央公論新社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年10月27日 / 新聞掲載日:2018年10月26日(第3262号)

発達障害に生まれて 自閉症児と母の17年 書評
多くの人の人生の指針に 
人間が自由になる過程を見事に描く

発達障害に生まれて 自閉症児と母の17年
著 者:松永 正訓
出版社:中央公論新社
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親が我が子に望むことは何だろうか。ノーベル賞がとれるほど頭が良くなって欲しいとか、社会の役に立つ人になって欲しいと思うかもしれない。友達をたくさん作って豊かな人間関係を築いて欲しいと願うかもしれない。そして何よりも「普通」で「世間並み」に、元気に育って欲しいと願うだろう。それがどれも叶わないと知った時に人はどのように振る舞うのだろうか。

本書は小児科医であり、ノンフィクション作家である著者が、知的障害を伴う自閉症の子どもを持った母の障害の受容を描いたノンフィクションである。主人公は、幼児教育のプロとして活躍していた母親。母は出生前診断であるトルプルマーカーテストを受けて、さらに羊水検査の確定診断を受け、胎児がダウン症でないことを出生前に確認した。それほどまでに障害のある子どもを忌避していたにもかかわらず、生まれた子・勇太くんはダウン症ではなかったが、自閉症であった。

著者はこれまでの作品において、人はどのように障害を受容していくかを、抑制的ながらもあたたかく対象を包み込むような視点で描いてきた。本書もまた、母が我が子の障害をどのように受け入れ、家族になっていくかが主題となっている。

「こんな子じゃなかったらよかった! この子をちっとも可愛いと思えない」と言い放ち、無理心中という言葉が頭をよぎったという母。健常児と我が子を比べ、そして他の障害児と何ができて何ができないのかを比べてしまう。障害を受容できたと思っても、幾度となく受容しきれていない自分を発見する。それは、誰かと比べることからの脱却の過程でもあった。

これは障害に限った話ではないだろう。人と比較している限り、真の幸せは得られない。いつも何か足りないような思いに追い立てられて生きざるを得ない。

この母親自身が自分の親からいつも比べられて、価値観を押し付けられて生きてきた。母は完璧主義の親に育てられ、一流の学校に入学し、人がうらやむ一流の企業に就職し、高学歴の恋人を作り、人生で成功を収めるようにきつく教育されてきたという。ところが、強迫性障害になってしまい、精神病棟に入院するまでに病気はこじれてしまった過去を持っていた。「自分の子どもが生まれたら、絶対に私と同じ道を歩ませない」。そう母は決意していたというが、子を授かった時から胎教を施し、生後すぐから英才教育を始め、1日に10冊の絵本を読み聞かせしてきた。祖母が母にしたのと同じことを息子にもしていたのだ。そんな負の連鎖を断ち切ってくれたのが、我が子の自閉症だったと気づく場面には心が揺さぶられる。それは本当の幸せとは何かの発見でもあった。

私たちは自分で人生を選んでいるつもりで、実は親や社会から押し付けられた価値観に選ばされているだけのことも多いのではないだろうか。よく目を開いてみれば、多様な障害、多様な価値観、多様な生き方がある。思い込みから脱却し、その多様な世界に気づき、七転八倒しながらも人を条件をつけることなく愛することで、人間が自由になっていく。その過程を見事に描いた本書は、障害の有無に関係なく多くの人の人生の指針になるだろう。
この記事の中でご紹介した本
発達障害に生まれて 自閉症児と母の17年/中央公論新社
発達障害に生まれて 自閉症児と母の17年
著 者:松永 正訓
出版社:中央公論新社
以下のオンライン書店でご購入できます
「発達障害に生まれて 自閉症児と母の17年」出版社のホームページはこちら
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