人形メディア学講義 書評|(河出書房新社 )|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年10月27日 / 新聞掲載日:2018年10月26日(第3262号)

「実はかなりずるい」本 
挑発的な論点が全編に散りばめられる

人形メディア学講義
出版社:河出書房新社
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人形メディア学講義()河出書房新社
人形メディア学講義

河出書房新社
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リカちゃん人形からラブドールまで、あるいはふなっしーからアンパンマンまでの多彩な話題が、読みやすい文章で綴られ、手に取った多くの人はすぐに読了してしまうはず。「メディア学」を名乗るように、「人形」を媒介として、人形本体の話から、演劇や映画やアニメ、さらには理論的な枠組までもが結びつけられる。挿入された二つの対談にも、著者の人間への関心が溢れていて、冒頭の「人間あるところに人形あり、人形あるところに人間あり」という宣言が嘘ではないとわかる。人形と聞いて想像される、周囲の無理解と戦う男性コレクターの苦労話ではない。読者が共感できる点を数多くもっている。

演劇研究から出発したせいか、関節球体人形や自動人形よりも、人形劇やパフォーマンスに強い関心が向けられる。そして、学術論文に基づき18世紀のサミュエル・フットの人形観や、20世紀の演出家ゴードン・クレイグの「超人形」論が紹介される。その上で、『トイ・ストーリー』や、ゴジラやふなっしーの着ぐるみの話へと展開するのが、著者の真骨頂である。人形劇団プークとゴジラとの関係や、覆面プロレスラーであるスーパー・ササダンゴ・マシンとの「透け感」をめぐる対談も興味深いものだった。

第3部はピグマリオニズムを「人形愛」と訳した澁澤龍彦の考えを拡張する野心的な部分である。エロティシズムとして人形と関わるのではない普通の人の思いと人形愛との連続性が語られる。大人になっても人形から卒業しなくて良いと後押しする主張に勇気づけられる読者も多いのではないか。金森修による認識論的な『人形論』を併読することで、さらに理解が広がるはずである。第4部はホラーと人形の関係で、『チャイルド・プレイ』のチャッキーから、アンパンマンまでを扱う。アンパンマンの暗さを帯びた出自を確認しながら、ロールパンナを位置づける展開には、我が意を得た思いだった。

『ねほりんぱほりん』の人形を論じた箇所なども、『ひょっこりひょうたん島』や『サンダーバード』などで育った古い世代の評者でもかなり納得できた。ただし、ライブパフォーマンスでもある舞台や路上の人形劇と、編集や調整ができるテレビ番組やアニメとの相違にもう少し説明が必要かもしれない。偶然や流動性が入り込む上演の場への関心は、著者による大人数の学生への対面授業の実践と無縁ではないのである。その時、タイトルの「メディア」や「講義」が、教育論の意味合いを帯びてくるのもおもしろい。

二人目の対談相手となった増淵宗一の仕事が著者の研究の原点なので、初音ミクからリカちゃん人形の流れの指摘に抜かりはない。だが、美少女フィギュアやヒーローのソフビのような「男の子」向けの人形への見解を知りたくなった。日本でプーさんは男の子の特権的な所有物とは言い難い。また、バービーに対してG・I・ジョーのような兵隊人形をどう考えるのかは、おもちゃの魔改造とともに『トイ・ストーリー』の議論にも必要だろう。とはいえ、こうした疑問が生じることを著者は想定済みだ。挑発的な論点が全編に散りばめられ、思索の手がかりも用意されている。読み終えてからもあれこれと考えさせられる、という意味で「実はかなりずるい」本なのである。
この記事の中でご紹介した本
人形メディア学講義/河出書房新社
人形メディア学講義
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