症例でわかる精神病理学 書評|松本 卓也(誠信書房)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年11月3日 / 新聞掲載日:2018年11月2日(第3263号)

症例を読む醍醐味
精神病を理解するための入門書

症例でわかる精神病理学
著 者:松本 卓也
出版社:誠信書房
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精神科の現場(私の場合は、「デイケア」)で働いていると、周期的に、「自分が何をやっているのか」がわからなくなる時期が、やって来る。そういう時には、精神病や心理学に関する本を何十冊か読み返したり、新たに見つけて来て読んだり、患者さんが多く棲む地帯を、『散歩の達人』を携えて歩き回ったりする。それらに飽きると、北山修『意味としての心』等の事典的に読むことのできる書物に、隅から隅まで眼を通してみたりする。

本書『症例でわかる精神病理学』は、充実した索引を持ち、事典のように読むことが出来る本である。初めから最後まで順に読むことで、精神病を理解するための入門書としても使える。何度目かの再入門のためのものとして私は読み、「自分が何をやっているのか」、多少なりとも把握し直すことが出来た。

この本には、百年以上前の症例から近年のものまで、百近くの症例が採り上げられている(著者の自験や、患者本人が当事者として纏めたものも含まれる)。多くの書物から採られており、たまに思い出してはいたがどこに載っていたのか思い出せなかった症例を、私はいくつか発見出来、有り難かった。

症例の一つひとつを読むことは、良質な掌編小説を読むように、人間性についての知見を広げてくれたり深めてくれたりする。病者について知ることによって、「健常者」を別の視点(「斜め」というか)から見ることが出来る。それこそが、症例を読む醍醐味であろう。

医師でない身には、ちとわかりづらい本書の精神病理学的記述だが、第一章で、その立場は主に三つある、と著者は説く。その記述は、豊富な症例を通すことによって、読者の「腑に落ちる」ものとなる(DSM―5についても、本書を通読すれば、ざっと理解できるようになっていて、助かる)のだが、その説得力は、著者の原点に、そこで検討される患者さん自身が招かれた場で診察が行われるという特異なカンファレンスで学んだ経験があることによって、齎されたのだろう。

それにしても、二十世紀初頭のヤスパースによる症例などは、ヨーロッパ文学の精髄をすら思わせる密度を孕んでいるのに対し、近年のケースは、様々なものを圧縮した「夢」のような感触を次第に失い、いわば「薄味」になっている。それは、精神病が概して軽症化しているためであるのかもしれないが、現代のもので読み応えがあるのは、当事者が自ら書いたものであり、私小説を読んでいる味わいがある。むろん、そこにも、『死の棘』に潜むような無気味さは、依然として残されている。

私は、患者さんが「世に棲む」ことができればOK、といった感じでテキトーに考えており、病の類型や特性を重視するものの、病名(診断名)にはあまり重きを置かず、シュレーバーとか鼠男といった類いの患者さんの個人名(や「顔」)によって、病を見てきた。が、本書の記述によって、医者の思考が少しだけわかったというか、「診断」というものの持つ妙味を、知ることが出来たのだった。

これまでの人生で遭遇した人々の言動を思い出し、なぜあんなことを言ったりやったりしたのかをじっくりと考えてみるという作業を、私は、中年になって以降、続けているのだが、その際に、本書の症例と、それに対する記述を想起することは、役に立つだろう。

本書を読んだ直後に、NHK・Eテレの番組『隠されたトラウマ~精神障害兵士8000人の記録~』を私は見て、生きていたら百歳ほどになる人たちの言っていたことが、少しわかったような気がした。

「依存」に関する症例も、著者の筆を通して、読んでみたい。続編が出ることを、待望している。
この記事の中でご紹介した本
症例でわかる精神病理学/誠信書房
症例でわかる精神病理学
著 者:松本 卓也
出版社:誠信書房
以下のオンライン書店でご購入できます
「症例でわかる精神病理学」出版社のホームページはこちら
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