菅江真澄と内田武志 歩けぬ採訪者の探究 書評|石井 正己(勉誠出版 )|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年11月3日 / 新聞掲載日:2018年11月2日(第3262号)

希有な在野研究者の足跡  
民俗学の立場から菅江真澄の現代的意義を探る

菅江真澄と内田武志 歩けぬ採訪者の探究
著 者:石井 正己
出版社:勉誠出版
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本書が主題とするのは、戦後の菅江真澄研究をリードした内田武志(一九〇九―八〇)という希有な在野研究者の足跡である。内田は、当時、治療法が確立していなかった血友病のため、人生の大半をベッドで過ごし、横臥した状態のまま研究を続けた。本書は、内田の苦難に満ちた研究人生をたどりつつ、民俗学の立場から菅江真澄の現代的意義を探ろうとする。

最初に、菅江真澄について簡単に確認しておこう。菅江真澄(一七五四―一八二九)は、柳田国男により日本民俗学の「先覚者」と評価されたことで知られる江戸時代の大旅行家である。三河国で生まれ、地元で漢学、本草学などを学んだが、三〇歳頃、故郷を出奔。その後、東北地方を中心に漂泊の人生を送り、秋田で没するまで、旅先で見聞した各地の生活習慣などについて膨大な記録を残した。戦後、菅江真澄研究に取り組み、菅江の存在を広く世に知らしめる原動力となったのが内田武志である。

著者によれば、内田の研究は、前半生(戦前)の方言研究と、後半生(戦後)の菅江真澄研究に大別される。血友病で静岡商業高校を中退した内田は、その後、柳田などに導かれて民俗学の世界に足を踏み入れた。出身地である秋田県鹿角の方言と昔話、当時、暮らしていた静岡県の方言などの緻密な調査をおこない、柳田や渋沢敬三の援助のもと、数冊の著作をものにする。若い頃は杖をつきながら歩くこともでき、静岡では多少の聞き書きもおこなったようだが、アンケートなどに依存する研究手法に限界を感じるようになったのだという。

戦時中に秋田に疎開した内田は、渋沢の勧めもあって、戦後、秋田を拠点に菅江真澄の研究を開始する。著者によると、菅江真澄に関してこれまで二度のブームがあった。その第一次が一九二〇年代から三〇年代にかけてであり、柳田による菅江論が発表されるとともに、菅江が残した旅の記録が世に出ることになった。続く第二次ブームは六〇年代から七〇年代にかけてで、内田武志・宮本常一編による『菅江真澄遊覧記』全五巻(平凡社)が刊行され(内田が現代語訳、宮本が注記を担当)、これにより現代語で菅江の著述を読むことができるようになった。さらに、その後、ふたりは『菅江真澄全集』全一二巻・別巻一(未來社)を編纂し、八〇年に死去するまで、内田は熱心に菅江研究を続けた。

そして、内田の研究人生を考えるとき見逃せないのが、彼を理解し、支援した人々の存在である。内田を民俗学へと導いた柳田国男、若い頃から内田の仕事を援助し、彼に菅江研究を勧めた渋沢敬三、内田とともに菅江全集の編纂をおこなった宮本常一。そして兄の仕事を献身的に支えるのみならず、武志に代わって講演もこなし、武志の死後は、彼と菅江の仕事を次世代に伝える活動を続けた妹の内田ハチ(秋田大学助教授)。科学史家の端くれである評者としては、一八世紀の大探検家フンボルトと菅江の比較を試みるなど、科学史的な研究もおこなったハチの存在は気になるところだ。

だが、何と言っても本書の核心は、寝たきりのため、通常のフィールドワークをおこなうことができない内田武志が、究極のフィールドワーカーともいいうる菅江真澄を研究したという対比(「対蹠」)自体のもつ面白さであろう。本書の題名ともなっている、渋沢の「歩けぬ採訪者」という内田評や、本書のなかで紹介されている「寝ている人が起きている人を研究するのも良いじゃないか」(宮本)という表現もなかなか魅力的である。

ただし、本書のもとになったのが、菅江や内田の顕彰を目的に、ふたりの「地元」である秋田でおこなわれた連続講演だということもあって、菅江と内田の対比や、フィールドワークと文献研究の意味について踏み込んだ議論がおこなわれているとは言いがたい。考えてみれば、菅江は歴史上の人物であり、彼について研究するとき、フィールドワークは一義的には必要とならない。渋沢が内田に菅江研究を勧め、内田本人がテーマにしたのもそれがひとつの理由だろう。その一方、内田の菅江研究は彼が秋田に暮らしてからのものであり、その意味で、完全に現場(フィールド)と無縁でおこなわれたわけではない。たとえ歩けなくても、地元に暮らせば色々と情報が入るだろうし、土地勘ができるということもあっただろう。

そもそもフィールドワークと文献研究は対立概念ではない。たとえば宮本常一というと、そのフィールドワークばかりが注目されるが、彼とて文献研究を軽視したわけではない。だが、学問としての日本民俗学が行き詰まりをみせる現在、フィールドワークと文献研究の関係についても改めて歴史的な問い直しが必要に思える。菅江や内田の仕事の再評価とは別に、内田武志さらには日本民俗学におけるフィールドワークと文献研究の意味について著者なりの考察がほしかったというのは、評者のないものねだりだろうか。
この記事の中でご紹介した本
菅江真澄と内田武志 歩けぬ採訪者の探究/勉誠出版
菅江真澄と内田武志 歩けぬ採訪者の探究
著 者:石井 正己
出版社:勉誠出版
以下のオンライン書店でご購入できます
「菅江真澄と内田武志 歩けぬ採訪者の探究」出版社のホームページはこちら
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