ヴァレリーにおける詩と芸術 書評|三浦 信孝(水声社 )|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年11月3日 / 新聞掲載日:2018年11月2日(第3263号)

恰好のヴァレリー入門の書 
そのアクチュアリティーが浮かび上がる

ヴァレリーにおける詩と芸術
著 者:三浦 信孝、塚本 昌則
出版社:水声社
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本書は、昨秋、東京日仏会館にて開催されたシンポジウム「ヴァレリーにおける詩と芸術」をもとに編まれた論集である。ヴァレリーの年譜や読書案内も付されており、恰好のヴァレリー入門の書ともなっている。考え抜かれた編集になる本書の十八の論文を以下、順に紹介しよう。

冒頭に、ブノワ・ペータースによる「かつて存在した作家の中で最も美しい形象を示している」というヴァレリーの生涯のスケッチが掲げられている。ついで恒川邦夫は、ヴァレリーの中核にある〈精神〉の意義を探り、〈知〉・〈理〉・〈情〉・〈意〉の四つの面からなる三角錐、という〈精神〉のモデルを提示する。三浦信孝はヴァレリーの思索における「身体」の役割に着目し、「苦痛」というネガティヴなものが己を開くものともなり、思考の契機ともなるヴァレリーの生のメカニズムを描出している。

上記の三論文でヴァレリーの生の基本線が確認されたのち、他者との関係性においてヴァレリーが捉えられていく。松浦寿輝は、共に知とエロスに導かれて生きたヴァレリーとブルトンの出会いと決裂に焦点を当て、二人の文学への姿勢の差異を浮かび上がらせる。森本淳生は、「純粋自我」のヴァレリーという紋切型に異を唱え、友人や女性たちとの関係性を切に求めていたヴァレリー、愛が至高の作品へと至ることまで欲していたヴァレリーの姿を明らかにしている。鳥山定嗣は、長編詩『若きパルク』執筆に、友人で詩人のピエール・ルイスが及ぼした影響を丹念に跡付けている。松田浩則は、ヴァレリーと愛人カトリーヌ・ポッジとの間の書簡や彼女の著作を読み解きながら、「双子の鏡」のごとき二人の特異な関係と、愛の夢想を活写する。

ミシェル・ジャルティは、ヴァレリーが二十世紀初頭の芸術を享受していたにも関わらず、批評対象がそれ以前の時代のものに限られているのは何故なのか、との問いを提示する。続く今井勉の論文は、その回答とも読める。今井はヴァレリーの中に「大芸術」というものへの希求があり、それをダヴィンチとドガに見ていたと指摘する。ドガの死とともに、ヴァレリーの中で「大芸術家」は死んだのである。マルロー、バタイユ、ヴァレリーがそれぞれ「ポエジー」という言葉をどのように使用していたかを分析することにより三者の芸術観を浮き彫りにした永井敦子の論文、芸術現象をマルクスやワルラスの経済学を援用しつつ説明したヴァレリーの意図を読み解いた山田広昭の論文がヴァレリーの芸術論の位置を記しづける。田上竜也はヴァレリーの芸術観の基底に存在し、またエロス体験に根差す〈声〉の詩学を描出している。伊藤亜紗は、ヴァレリーのリズム論を、吃音という現象の読解のために「使う」ことで、ヴァレリーの思想の射程を測る。宮田眞治は、十八世紀末から十九世紀初頭にかけてドイツ語圏で展開された一連のリズム論とヴァレリーのリズム論を対照させつつ、共同体や自然への回帰を謳うドイツのリズム論とは一線を画すヴァレリーのスタンスを明らかにする。ウィリアム・マルクスは「ヴァレリーと広告」という意外な切り口から、詩人が社会と結んだ関係性を読み解く。竹峰義和はアドルノのヴァレリー解釈を「絶対的なもののミメーシス」という芸術哲学の実践として描出する。塚本昌則は、ヴァレリーの思考において紙やインクなどの「支持体」が及ぼす力に着目しつつ、想像し、シミュレーションする身体の重要性を浮き彫りにしている。ジャン=ルイ・ジャンネルは、映画のシナリオとも読めるヴァレリーの未公刊手稿を題材として、「映画」というメディウムに対するヴァレリーの両義的な姿勢を描出している。

以上の多彩な論文から浮かび上がってくるのは、ヴァレリーの持つアクチュアリティーである。様々なる生の技法。「使える」ヴァレリー。唐突な比喩を許していただけるなら、ピアニストにとってのバッハ平均律クラヴィーア曲集。決して古びない。たとえ舞台で弾くことはなくとも、技術を、音楽を、フレッシュにしてくれるもの。そのような比喩が不思議と腑に落ちるのである。
この記事の中でご紹介した本
ヴァレリーにおける詩と芸術/水声社
ヴァレリーにおける詩と芸術
著 者:三浦 信孝、塚本 昌則
出版社:水声社
以下のオンライン書店でご購入できます
「ヴァレリーにおける詩と芸術」出版社のホームページはこちら
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