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”Letter to my son"
更新日:2018年11月6日 / 新聞掲載日:2018年11月2日(第3263号)

Letter to my son(15)

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(C)Eiki Mori Courtesy KEN NAKAHASHI

クラブThe WEBで、聞き覚えのある曲が流れ始める。Bronski BeatのSmalltown Boy。同性のクラスメイトへの叶わない恋、いじめ、両親の無理解。少年はある朝、生まれ育った小さな町からひとり旅立つ。“世界は遠慮なく押し寄せてくるけど、君は泣かない、本当の自分を見つけたから”と唄うジミー・ソマーヴィルの儚くも力強い声に、身体をゆだねながら踊る。

海底のような地下深くの空間。ミラーボールから降り注ぐ、見上げる先にある海面のきらめきのような光、密やかに投げ交わされる数多の視線、唸り声のように壁と床を震わせる重低音。それらが押し寄せてきて、僕は時々溺れそうになる。

「ちょっと休憩行かない?」曲の終わり際、彼女が耳元で囁く。僕は頷き、彼女の後に続く。地下2階から地上へ続く長い階段を、ふらつきながらのぼり始める。

ドン、と降りてくる人の肩に思いっきりぶつかってしまい、後ろに大きくよろけた。その人は僕の身体ごとぐっと引き寄せる。「ごめん、大丈夫?」「こちらこそごめんなさい、少し酔っ払ってて」。彼は僕を抱き寄せたまま、僕の顔をじっと見ている。僕も見つめ返す。数メートルおきに小さな赤いランプだけがある薄暗い階段の、そのぼやけた視界の中で、濡れて光る彼の瞳だけには不思議とピントが合った。「我知道你」。彼が何か呟いた。「え?」「気にしないで。階段気をつけて」。彼はそう言うと僕からゆっくり離れ、一度もこちらを振り向かず、音もなく階段を下りていった。

「知ってる人?」「ううん、知らない人」。「でも彼、顔見て驚いてたよね?」「うん。しかも何か呟いてたけど中国語でわかんなかった」。「戻ったら話しかけてみれば?」「そうだね」。そう言いながら残りの階段を駆け上がる。

ドアを出ると、冷たく澄み切った空気に鷲掴みにされ、汗で濡れたシャツが背中に張りつく。「冷たーっ!」「寒すぎ~!」僕らは大げさにはしゃぎ合いながら、1ブロック先にある、いつものデリへ向かう。
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