山田富士郎『アビー・ロードを夢みて』(1990) 新宿駅西口コインロッカーの中のひとつは海の音する|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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現代短歌むしめがね
更新日:2018年11月6日 / 新聞掲載日:2018年11月2日(第3263号)

新宿駅西口コインロッカーの中のひとつは海の音する
山田富士郎『アビー・ロードを夢みて』(1990)

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大都市の中のささやかな幻想空間を描いた一首であるが、この発想の背景には1970年代に次々と発覚したコインロッカーへの新生児置き去り事件と、それに触発されて書かれた村上龍の小説『コインロッカー・ベイビーズ』(1980)があることは想像に難くない。明治期の開業当初は郊外の小さな駅にすぎなかった新宿駅だが、品川線(現山手線)や甲武鉄道(現中央本線)のターミナル駅となったことで周辺が都市化していった。戦後になると、60年代から東京副都心計画によって駅周辺は急速に開発される。乗降人数が日本一となった1966年(昭和41年)、まさにこの歌にも登場する新宿駅西口に駅前広場が完成した。70年代からは西口側に超高層ビルがどんどん建設されていった。

そうして新宿駅は未曾有の規模の一大ターミナル駅となった。そこには日々数えきれないほどの群衆が行き交う。しかしそれほどの群衆が誰一人関心を払わない、「見えない箱」としてコインロッカーがあった。そこを新生児の隠し場所として最初に目をつけた者は賢かったと言うべきだろうか。群衆というプライバシーに守られた、都会のエアポケットだった。

急速な都市化の歪みを背景としていながら、「この中のひとつは海の音がするかもしれない」という美しい空想につなげてゆく。「コインロッカーの中に赤ん坊の死体が入っているかもしれない」という都市ならではの不安と、この美しい幻想とは、コインの裏表である。
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