トークイベント 「植物学から『愛』を物語る」  第一部 塚谷裕一氏講演 レポート|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2018年11月2日 / 新聞掲載日:2018年11月2日(第3263号)

トークイベント 「植物学から『愛』を物語る」
 第一部 塚谷裕一氏講演 レポート

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塚谷 裕一氏
十月十四日、東京大学本郷キャンパス理学部一号館の小柴ホールで、トークイベント「植物学から『愛』を物語る」が開催された。第一部では、三浦しをん著『愛なき世界』の監修者である塚谷裕一氏(東京大学大学院理学系研究科教授)が「ボルネオに森を食べる植物を探す」という内容で講演し、第二部では塚谷氏と三浦しをん氏の対談「〈愛なき世界〉に魅せられて」が行われた。今回は、講演の一部をレポートする。

    *

『愛なき世界』に登場する松田先生は、腐生植物の研究者。本書を読んで腐生植物を身近に感じ、興味を持った人もいるのではないだろうか。

塚谷氏の講演では、最初に「ギンリョウソウ」という日本でも目にすることができる腐生植物を通して、腐生植物とは何かということから説明された。
「腐生植物は昔から誤解されています。ひどい図鑑になりますと、ギンリョウソウの根元には必ず、ネズミの死体がある、と書いているようなものもありました。それは腐生という文字に引きずられた、間違った概念です。今では本来の意味から、腐生植物と言わずに、菌寄生植物あるいは、菌従属栄養植物と呼ぶようになってきています」

スライドを見せながら、ギンリョウソウの根の周りに見られる白い黴のようなものは、ベニタケ属というキノコの菌糸。これが腐生植物の暮しのカギを握っていると話す。
「ギンリョウソウは、根っこの中に入ってきた、ベニタケ属の菌糸を分解して、栄養を奪いとっているのです。ベニタケ属は栄養源になるようなものをもらえると思って根っこに入りこんでいるのですが、返り討ちにあってしまっている、ということです」

それでは、ベニタケ属はどこから栄養を得ているのか。ベニタケが生えている森の営みの中で、他の植物が、光合成で稼いだものをもらっているという。つまりギンリョウソウも間接的に、森が作った光合成産物を、キノコを介して、自分の物にしているということになる。
「ギンリョウソウはある意味、森を食べる植物だということができます。逆に言うと、腐生植物が元気に暮らせているということは、キノコが元気だということで、キノコの生活を支えている、森も元気だということを示します。腐生植物がたくさん見られる森は、非常に豊かであるということを示すバロメーターになります」

そういう意味で腐生植物は、生態学的にも重要な植物なのだという。

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その後、塚谷氏によれば「日本で一番奇妙な花を咲かせる植物」、タヌキノショクダイが示された。緑の葉を持たないこの植物は、根で菌類から栄養を取る。その根を顕微鏡画像で見ると、「割と近い仲間のヤマノイモの根の断面は、非常にきれいです。それに比べて、タヌキノショクダイの根の断面は、ごみごみしている。それはヤマノイモの根っこが、植物の組織だけでできているのに対し、タヌキノショクダイには、黴の仲間の菌糸が、細胞の中にたくさん入り込んでいるからです。汚く見えるのは、タヌキノショクダイの犠牲になっている菌糸で、これがいま細胞の中で消化され、栄養源になっているというわけです」

一見するだけではわからない違いが、二枚の画像から明らかになり、森の中で起こっている植物たちの営みが見えるようだ。

「腐生植物は森を食べる植物」であり、「根っこで菌類を消化して暮らしている、非常に変わった植物」であると、塚谷氏の話で知ることができた。

その後、実際にボルネオへ腐生植物を探しに行った折の話が紹介された。松田先生はインドア派の研究者だったが、塚谷氏はかなりアクティブに研究調査に出掛けているようだ。

それも、ボルネオに行けば確実に腐生植物をたくさん見られ、それどころか、「行くたびに新種がみつかる」からだと塚谷氏。 
「ボルネオは世界中で一番、面積当たりの植物の種数が多いところと目されています。ですが調査がほとんどされていなくて、百平方キロメートル当たり、二十五も標本が調べられていないというぐらいです」

九十九年に京都大学の常駐調査地になったボルネオのLambirには、たくさんの研究者が訪れて調査しているにも関わらず、最近も続々と新種の腐生植物が見つかっているという。

しかしこの豊かな土地も、急速に破壊が進んでいる。「カリマンタンとサラワク、サバ、そしてブルネイの三国の国境地帯がかろうじて森が残っているエリアになっています。ここだけは残そうと、国際協力保護活動として、ハートオブボルネオというプロジェクトが立ち上がっています。ちなみに現在の一番大きな熱帯林破壊の要因は、いわゆる「地球に優しい」バイオディーゼルを作るためのアブラヤシのプランテーションです」

塚谷氏の腐生植物をめぐる調査は、二〇〇九年に見せられた一枚の写真から始まった。「インドネシアのボゴールに滞在していたとき、イギリス王立キュー植物園の博士に、サバ州マリアウ盆地で撮った写真を見せてもらいました。写真を見ただけで、Thismia――タヌキノショクダイの新種に違いない。この新種がぜひ欲しい、と」

博士は調査許可を取ってなかったため、写真しか撮っておらず、塚谷氏は、その植物が生えている場所を、博士から教えもらった。

しかし、ようやく調査許可を取って出掛ける前の週に、塚谷氏が今回調査するつもりだったものが、先に新種となってしまった。ガッカリしつつ、旅だった塚谷氏。

その後、具体的な調査の様子、動物が駆け回り放題のテントのこと、出合った動物や昆虫などについて紹介された。

そして、旅から帰り今回の調査結果をよく調べると、先に新種として登録されたものとは違うところをたくさん発見し、最終的に変種として登録することになったという。

    *

塚谷研究室では、葉っぱの形態形成を調べている。腐生植物は緑の葉を持っていないのに、葉の形態形成を調べているとはどういうことか。
「極端なことをいうと、葉を退化させているわけです。緑色にならないのは、緑色にするための色素体の遺伝子が壊れていて、もう緑になりたくてもなれない状態になっていることが大半だと分かっています」
「ギンリョウソウの根元を見ると、鱗片上の葉が残っています。これがもともと光合成をしていた葉のはずです」。しかしいったい、葉がどのようにしてこれほど小さくなったのかが、次の疑問になる。

葉のサイズが小さくなっていないうちから、光合成をせず、根っこで菌類から栄養を取って暮している植物が見つかっている。
「私たちの研究で、葉っぱのサイズを制御する方法を調べていますが、花は葉を変形させて作っているので、葉を小さくすると花も一緒に小さくなってしまう。でも腐生植物を近縁種と見比べると、葉は小型だが、花は小さくないのです。腐生植物になったときに花のサイズを変えずに、葉だけ小さくするというのは、今まで考えているような、葉をだんだん小さくするということでは説明が難しい」

塚谷氏は今年仮説を発表した。「シロイヌナズナというモデル植物で、葉っぱの小さい突然変異体を取ってみると、やはり花が小さい。花を小さくせずに葉だけ小さくするというのは、遺伝学的にかなり難しい。

しかし植物の芽鱗は、本当の葉よりかなり小さくなりますし、そのとき緑色にならないこともしばしばあります。もしかすると、葉をだんだん小さくするのではなく、花のようなアイデンティティを葉っぱに足すことによって、性質を変えることで、一気に葉っぱを小さくしたのではないか」

実験的な報告も過去にあり、その検証が今後に残されている。塚谷氏は「将来、若い方にチャレンジして解いていただければありがたいと思っています」と話を終えた。

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『愛なき世界』で開かれた植物学の扉の、さらにもう一歩奥へ誘うような講演。その後、来場の方々からの質問も交えた、三浦氏との対談も、熱心に楽しむ人々の姿が印象的だった。
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