反ヘイト・反新自由主義の批評精神 いま読まれるべき〈文学〉とは何か 書評|岡和田 晃(寿郎社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年11月3日 / 新聞掲載日:2018年11月2日(第3263号)

新たな社会と文学の創出へ  
文学批評という苛烈な闘争の記録

反ヘイト・反新自由主義の批評精神 いま読まれるべき〈文学〉とは何か
著 者:岡和田 晃
出版社:寿郎社
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この本は闘争の記録である。それは「闘争を記録した」のではなく、文学批評そのものが苛烈な闘争であり、世界の「停滞と閉塞を打ち破る」ものだというを示している。このような本に出会う事は稀である。

とりわけ1990年代以降、活力を失いしばしば差別に加担さえしていく日本の知的風土に対し、著者は「息苦しさを感じ、そこを切り拓く言葉、すなわち〈文学〉とは何かを模索してきた」と言う。その中、2008年からの2018年までの純文学に関する論考がここにまとめられている。ここでは、「3・11以後に可能な〈不敬〉のあり方」を示した横山三英の「セブンティ」、「『セカイ』の安寧から揺り起こし、限りなく散文的にざらざらした地平へ直面させながら、見落としてきた歴史の重みへ直面させ」る青木淳悟の諸作品、「コンデンスドノベルのごとき凝集性に満ちた抽象的文言で提示された、宇宙の悪意」を歌う林美脉子、『北海道=ヴェトナム詩集』を編集し「ひとり出版社」の創映出版をはじめた詩人の江原光太、そして向井豊昭、津島佑子、さらに「はだしのゲン」などが取り上げられる。こうして取り上げられた文学の多様性は、われわれの知る「文学」の常識を大きく揺さぶる。「〈詩〉の歴史とはきらびやかな固有名の連なりだ。そこには、勝者の特権性によりかかった居直りがある。(…)別の道筋を拓こうとしても、しばしば詩壇的なムラ社会の人間関係に絡め取られてしまう」。しかし、本書では斬新な文脈の提示によって、新たな文学の星座を読者の前に浮かび上がらせようとする。

こうした詩や小説とともに、本書ではヘイトスピーチに対する批判が執拗に語られる。文学者の多くが差別問題に及び腰か、そうでなければ高踏的に距離を取ろうとする中、著者は歴史修正主義でも被差別者への「憑りうつり」でもない方向を見いだそうとする。そこには「ヘイトスピーチは言説の公共性を破壊する。それはなにより文学にとって致命的なはずだ」という著者の確信がある。この確信は、ヘイトスピーチが社会の「安心」という公共財を破壊してしまうとするJ・ウォルドロンの『ヘイト・スピーチという危害』とともに考えることができるだろう。ヘイトスピーチへの根底的な批判は、それ自体が新たな社会と文学の創出へつながるはずなのだ。

この多様な論集の巻頭は「真空の開拓者―大江健三郎の〈後期の仕事〉」である。その冒頭、パレスチナのアラブ系作家ガッサーン・カナファーニーの短編から「屠殺される寸前の動物のように」「瞳はらんらんと、猫の目のように輝いている」という描写が示され、さらに大江健三郎の「奇妙な仕事」の結末「犬は殺されてぶっ倒れ、皮を剥がれる」が引用される。ここで繰り返される動物たちの像は印象的である。しかし、その点に著者は意識的だっただろうか。村上克尚は『動物の声、他者の声』で「奇妙な仕事」についての多くの読みが「人間中心的な読解が(…)無批判なままに反復され」「犬を殺害するという出来事の異常な暴力性が無化されてしまう」と批判した。それは、人間による「動物への暴力」言説への批判の必要を意味している。

本書では、笙野頼子『さあ、文学で戦争を止めよう』、木村友祐の『野良ビトたちの燃え上がる肖像』が取り上げられる。その読みは緻密で周到だが、笙野作品でもっとも衝撃的だったのは、語り手が自分が「猫を救う人間」ではなく「猫に救われる人間」だということを発見する場面ではなかっただろうか。そして、木村作品では、主人公たちと猫との命がけの支え合いではなかっただろうか。しかし、その点はほとんど触れられなかった。本書にはアニマル・スタディーズに対する言及もあるが、本書に対する深刻な批判があるとすれば、それは犬たち、猫たちの側から行なわれるものになるのかもしれない。
この記事の中でご紹介した本
反ヘイト・反新自由主義の批評精神 いま読まれるべき〈文学〉とは何か/寿郎社
反ヘイト・反新自由主義の批評精神 いま読まれるべき〈文学〉とは何か
著 者:岡和田 晃
出版社:寿郎社
以下のオンライン書店でご購入できます
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