月岡芳年伝 書評|菅原 真弓(中央公論美術出版)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年11月3日 / 新聞掲載日:2018年11月2日(第3263号)

時代のはざまに生きた絵師 
その多面性を身体で受け入れ多彩な絵筆をもって描き出す

月岡芳年伝
著 者:菅原 真弓
出版社:中央公論美術出版
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月岡芳年は幕末から明治にかけて活躍した浮世絵師。これまで「無惨絵」と称される血なまぐさいグロテスクな絵が、彼の代表作だと信じられてきた。しかし、それは昭和の高度経済成長期のエキセントリックな美的趣味に即して与えられた一面的な評価であり、芳年の全体像を示すものではない。生前にこの絵師を知る周囲の人々の証言を集めると、江戸っ子で好男子、人情味があり凝り性、そして研究熱心であったと、その人物像が語られる。彼の気質に残虐さはない。

本書は月岡芳年について、今日の美術史研究の最前線から、包括的に論じた評伝である。その特色は、次の三点に集約されよう。

まず第一に、本書は芳年の生涯を緻密に跡付ける。彼の墓石、菩提寺に遺された過去帳、当時の新聞記事、弟子たちの思い出語りなど、多様で豊富な資料を駆使して、芳年の人生が明らかにされる。それを追跡する著者の姿勢は、愚直なまでに実証的である。さらに、そうした資料はきちんと整理され、芳年の生涯を総覧する年譜にまとめ上げられる(本書巻末に掲載)。独断的な思い込みや一時的な思いつき、衒学的な解説を廃した本書を、読者は安心し信頼して読み進めることができる。

また第二に、本書は芳年が描いた絵画作品を丁寧に読み解き、その魅力を引き出している。芳年は、彼の師匠である歌川国芳の画風を受け継ぎ、明治元年(一八六八)に刊行された『前賢故実』掲載の菊池容斎筆の人物像を模倣し、あるいは当時最新であった写真や石版画などの技法も取り入れて、多くの作品を発表した。周囲からの影響ばかりではない。彼の絵には彼独自の創意工夫が滲み出している。たとえば「奥州安達がはらひとつ家の図」を見てみよう。画面下方の包丁を研ぐ老婆、中央の裸体で逆さ吊りにされた妊婦に、まず私たちの目は釘付けになる。しかし、著者は私たちの視線をさらに上方、天井裏へと向けるようにと誘い込む。すると、暗がりの中ぼんやりと浮かび上がる天井の木組みが、この場面に閉じられた空間性をもたらし、老婆や妊婦に存在感(リアリティ)を与えていることに気づくのだ。単におどろおどろしいだけではない、見事に構築された芳年の絵画表現が見えてくる。

そして第三に、著者は芳年が生きた時代状況を丹念に分析し解釈する。これがもっとも重要な本書の特色だ。芳年の時代は幕末から明治への大変革期であった。江戸の情緒は過去のものとなり、文明開化の新風が吹き始めた時期である。そうした風潮のなか、芳年は「新聞」という新しい媒体(メディア)に作品を発表した、最初の浮世絵師の一人である。また、これまで注目されてこなかったが、明治十年(一八七七)西郷隆盛を盟主にして起こった士族による武力反乱(西南戦争)を主題とした錦絵を、数多く遺している。こうした意味で、彼は時代の先端を走っていた。ところが、明治十八年(一八八五)頃になると、芳年は江戸時代を回顧するような絵を発表するようになる。遠く去ってしまった過去への郷愁が、晩年の彼の心をとらえたのだろう。時代のはざまに生きた絵師として、芳年はその時代の多面性を身体で受け入れ、その受け入れたもの多彩な絵筆をもって描き出したと言える。

芥川龍之介は『開化の良人』と題された小説のなかで、登場人物にこんなセリフを語らせている――「ぢやこの芳年をごらんなさい…あの江戸とも東京ともつかない、夜と昼とを一つにしたやうな時代が、ありありと眼の前に浮かんでくるやうぢやありませんか」。

一人の絵師の生涯と作品を緻密に丹念に誠実に追求することを通じて、あの「夜と昼とを一つにしたやうな時代」がどのようなものであったのか、鮮やかに浮かび上がらせてくれるのが本書である。
「日本近代の表象」あるいは「まなざしの歴史」を考える上で、必読の一冊と言えよう。
この記事の中でご紹介した本
月岡芳年伝/中央公論美術出版
月岡芳年伝
著 者:菅原 真弓
出版社:中央公論美術出版
以下のオンライン書店でご購入できます
「月岡芳年伝」出版社のホームページはこちら
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