僕はロボットごしの君に恋をする 書評|山田 悠介(河出書房新社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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【書評キャンパス】大学生がススメる本
更新日:2018年11月3日 / 新聞掲載日:2018年11月2日(第3263号)

山田悠介著 『僕はロボットごしの君に恋をする』 
関西福祉大学 瀧口 有規子

僕はロボットごしの君に恋をする
著 者:山田 悠介
出版社:河出書房新社
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プールの中に潜ったような感覚、何もない“無”の空間のようだ。好きな人が自分のことを見ていないときに感じる思いだ。「恋」や「愛」がどんなものか。私は「形のないもの」だと思う。人が愛情を感じるとき、多くの人は一緒にいる時間や言葉、プレゼントなどだと答えるだろう。だがプレゼントなどで愛の「形」を作るのは果たして必要なのだろうか。永遠は存在しないのだから、限られた時間を全力で愛すことが第一だと考えている。

この舞台は2060年、今よりもロボットやAIの開発が進んだ世界である。主人公の「大沢健」が、オリンピック開催においてテロ予告を受けた会社の警備にあたる物語から始まる。その会社は健の初恋の人である「天野咲」が勤めており、今回の任務をきっかけに健は自分専用の遠隔操作ロボット「翼」を通して少しずつ咲との距離を縮めていくのだった。AIの技術が進歩した今、非現実的な空想と思えないところがゾクゾクする。近い将来本当にロボットと人間が一緒に住むようになれば、この本のようになるのかもしれない。

著者の山田悠介氏はホラー作家で有名である。私はその中でも『リアル鬼ごっこ』が好きだ。人間は「死」が近くならないと本気で物事を考えない。いざというときほどその人の本性が見えてくる。「死」を直前にしたときほど、生きることがどんなにありがたいものなのかわかる。本作との繋がりは「愛」だと思う。主人公は全国の「佐藤さん」のために涙を流し、そして戦った。本の中に隠された見えない「愛」は必ず存在する。

そう思って夢中でページをめくった。

ロボットと人間には「感情」という大きな壁が存在する。壊れたら作り直し、都合が悪ければ壊すロボットは、喜怒哀楽があり自由に感情のまま行動できる人間にはなれない。

自由が縛られる社会に嫌気がさして、自分の感情をコントロールできず欲望のままに行動してしまった「健」はまさに現在の人間のものだ。相手に嫉妬して、自分が今やるべきことを放り投げて「ロボット」を使い、「好きな人」のそばにいる。「健」は最後まで、「仕事」をとるか、「恋愛」をとるかの“ジレンマ”を抱えていた。そのジレンマも結局「恋愛」をとってしまったことで、最終的に“カタルシス”に近い状態になっている。「健」はなんて汚いのだと思った。でも恋愛とはきっと汚くて脆いものなんだろう。

本作のタイトルは「僕はロボットごしの君に恋をする」である。タイトル通り「恋愛」のストーリーなのだろうが、私は「恋」「愛」の双方だと読める。「恋」は恋慕、自分の欲望で孤独から逃げるために相手が必要だと感じている状態で、「愛」は自分より相手が大事だと感じていることだ。例えばショッピングに行く約束をした時、「この服きっと似合うだろうな」「今度一緒にこよう」など常に相手のことを考えているのが「愛」だ。相手が遅れてきてイライラするようでは、長くは続かないので別れたほうがいい。「健」は何とか「咲」に会いたくて「翼」を使いロボットごしに相手の感情を探った。その反面「咲」を助けるために自分を犠牲にして困難に立ち向かっていった。前者は「恋」で後者は「愛」ではないだろうか。だから、タイトルの「恋」は双方を合わせて「恋+愛」なのではないのかと考える。

本を閉じ、物語が終わってから「恋愛」に対して考えることが増えた。私はまだ本当の「恋」を知らない未完成なままである。いつか本当の「恋」を見つけた時は、その中に「愛」が入る時かもしれない。
この記事の中でご紹介した本
僕はロボットごしの君に恋をする/河出書房新社
僕はロボットごしの君に恋をする
著 者:山田 悠介
出版社:河出書房新社
以下のオンライン書店でご購入できます
「僕はロボットごしの君に恋をする」出版社のホームページはこちら
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