平野啓一郎×武田砂鉄 対談載録 作家の思考、その背中 『考える葦』(キノブックス)と『ある男』(文藝春秋)を巡って|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2018年11月9日 / 新聞掲載日:2018年11月9日(第3264号)

平野啓一郎×武田砂鉄 対談載録
作家の思考、その背中
『考える葦』(キノブックス)と『ある男』(文藝春秋)を巡って

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第2回
気持ち悪い言葉、一字 一句にくたびれ果てる

平野 啓一郎氏
武田 
 インタビューが活字化されるとき、「(笑)カッコわらい」の表記がよく使われますよね。あれ、実際に話者が笑っていたかというと、実は厳密ではないですね。
平野 
 僕は、自分が笑っていないものは、原稿チェックで削除するかな。でも一度、目上の方と対談をして、「……(微笑)」としたことがある。
武田 
 えっ、「(微笑)」もありなんですか。
平野 
 後にも先にも一度きりですよ。僕のことを、過大に誉めてくださったんです。それに対する反応を文字化するのにちょっと困って、「(微笑)」。 
武田 
 インタビューを受けた後の原稿を読んだ時、まとめた人の言葉が自分の発言に混じっている状態って気になりますか?
平野 
 気持ち悪いですね。易しい単語でも、人生の中で一度も使ったことがない語彙ってあるものです。そういう言葉が混ざっていると生理的なレベルで気になって、直してしまう。

でも僕がデビューした頃は、個性の強いライターやインタビュアーが多くて、ゲラを見ても、どこから手をつけていいのか分からないぐらい、その人の原稿になっているときがあって。
武田 
 時折、「俺のルポルタージュ」みたいになっている時がありますね。
平野 
 僕が部屋に入ってくるところから描写が始まって、「平野は、気さくに挨拶をしたが、一瞬周りを見る表情に神経質そうな表情が垣間見えた」みたいな(笑)。賛同はし難いけど、ノンフィクション作家だったりすると直すのも失礼かなと、そのままにすることがありました。
武田 
 逆に言うと、どんな書き手にも多かれ少なかれ、文章や言葉の癖があり、それを自分で牽制しながら執筆している。自分は、「ズルい」って言葉をよく使うよね、と言われたことがあります。いわゆる評論の世界ではあまり使うべきではない言葉ですね。個人的な感情であり、何かを解説する論理的な言葉ではない。でも自分は、個人的な感情が滲み出るのが文章だろう、と思っている。なので「ズルい」や「気持ち悪い」を意識的に使います。
平野 
 僕にもよく使う言葉はあると思うけど、僕の中に絶対にない言葉と同様に、この小説に絶対にない言葉もあると思います。だから言葉の選択は意識的にならざるをえないですね。そうでないと、その世界に浸ろうと思っている読者に、限定的な現実感を与えてしまうことになる。
武田 
 平野さんにとっての継続した小説の主題であり、新書『私とは何か』でも取り上げられた「分人」を頭に置いて読むと、平野さんは「普通」「真実」「正直」などの言葉を、とても慎重に使っていると感じます。傍点を打つなどして、通念的な意味で読み流されないようにしている。
平野 
 まあ、やっぱり、僕もそれなりに現代思想とか読んできましたし、多様性がこれだけ主張されている時代に、なかなかストレートにそういう言葉は使いにくいですよね。十分に意識的に、猶且つ使う必要がある場面というのは、逆に非常に重要だと思うのですが。
武田 
 しかし、『ある男』の帯の背には、「「真実の愛」を描く」とありますね。編集者が考えたのかもしれないですが、平野さんの一連の使い方からすると、「真実の愛」などと言ってしまっていいのかと……。
平野 
 おっしゃる通り、編集者が考えたのですが、一冊書き終わったときは、くたびれ果てているんですよ。ゲラの見直しは本当に疲れるんです。全体の中で、その言葉がどういう位置づけなのか、一字一句考えながら、三回ほど繰り返し読むでしょう。そういうときに宣伝写真を撮ると、かなりまずいことになる(笑)。

いよいよ製本の段階となると、帯文はこれでいいかとか、装幀はどうかとか、選択事項が押し寄せますよね。『ある男』はとても納得のいく、好きな装幀なのですが、時には何がいいのか分からなくなることもあります。今回の帯の「真実の愛」は、一応カッコつきですしね。
武田 
 全くいらない情報でしょうが、松田聖子のかつての愛人、ジェフ君の暴露本が『真実の愛』です。
平野 
 (笑)売れたんでしたっけ?
武田 
 はい、ベストセラーになったと思いますよ。

ところで、自分の小説を繰り返し読み直す時には、平野啓一郎が書き終えた作品を別の平野啓一郎が繰り返しチェックすることになりますね。それは厳しくなっていくのか、それとも、ある程度許すのですか。
平野 
 許すことはないです。毎回それなりに直しますね。でも繰り返し読んでいると、よく分からなくなっていくのも正直なところで。連載から単行本になるまでに、通しで六〜七回読むことになるので、感動すべき個所に反応できなくなってくるし、そもそも自分が書いている話が面白いのかどうかも分からなくなる。『かたちだけの愛』のときは、最後、スケジュールがとにかくきつくて、徹夜続きだと、感情も不安定になって、自分の小説を読みながら、パラパラ涙が出てきてね。ところがゲラで見ると、一体俺はあのとき何に感動していたんだろう……と。やはり健康な精神状態で、二、三度目に読むときの判断がいいのではないか、と思いますね。
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この記事の中でご紹介した本
透明な迷宮/
透明な迷宮
著 者:平野 啓一郎
出版社:
以下のオンライン書店でご購入できます
考える葦/キノブックス
考える葦
著 者:平野 啓一郎
出版社:キノブックス
以下のオンライン書店でご購入できます
ある男/文藝春秋
ある男
著 者:平野 啓一郎
出版社:文藝春秋
以下のオンライン書店でご購入できます
マチネの終わりに/毎日新聞出版
マチネの終わりに
著 者:平野 啓一郎
出版社:毎日新聞出版
以下のオンライン書店でご購入できます
「マチネの終わりに」出版社のホームページはこちら
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