平野啓一郎×武田砂鉄 対談載録 作家の思考、その背中 『考える葦』(キノブックス)と『ある男』(文藝春秋)を巡って|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2018年11月9日 / 新聞掲載日:2018年11月9日(第3264号)

平野啓一郎×武田砂鉄 対談載録
作家の思考、その背中
『考える葦』(キノブックス)と『ある男』(文藝春秋)を巡って

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第5回
「分人」と世間、読者の怒りと時間間隔

武田 
 『マチネの終わりに』が映画化されることになり、主役は福山雅治さんだそうですね。数年前、福山さんにインタビューする機会があったのですが、福山さんほどの分人はいないかもしれません。
平野 
 そうかもしれませんね。
武田 
 音楽番組に出ているときと、ラジオやっているときと、演じている時の振る舞いが全く違っていて、それをまた、自身で楽しんでいる気がする。

インタビューで聞いた「家での過ごし方」は、福山雅治の一般的なイメージとは真逆でした。でも分人的な視点で見ると、納得がいく気がします。おそらく、自分がどう見られているかを分かっていて、でも、その評価をそのまま受け入れるのではなく、個々の状況として存在している、いくつもの「福山」をブレンドし、今日の「福山」、明日の「福山」をやっているような気がしたんです。

『ある男』は、「分人」をテーマとした作品の、現段階での到達点だと思いますが、平野さん自身は世間の目を、どれくらい、どのように摂取していますか。
平野 
 僕は大学生のときにデビューして、結構ワーッと騒がれて、得したこともあったと思いますが、ボロカスに叩かれもしたんですよね。あの頃の批評は、才能がないとか、平野ごときがとか、文章下手とか、結構メチャクチャでね。デビューして少しした頃に2ちゃんねるが登場して、好奇心で見に入ってエライ思いもしました(笑)。
武田 
 あそこで、気持ちいい思いをして帰ってきた人は誰もいない(笑)。
平野 
 悪口言われるのに懲りて、ネットには当初はなるべく近寄らないようにしていました。でも、ネットがただの検索ツールではなく、ある世界性を帯びてきたときに、やはり自分もこの世界と関わっていかなければいけない、と思うようになったんです。

二〇代の後半に、ネット社会を主題にした『顔のない裸体たち』を書いて、ネットの話だから、ネットで宣伝をしたらどうかと思ったのだけど、担当者に「ネット上の平野さんの評判はすごく悪いです」と(笑)。このままではダメだなと、そのころから積極的にSNSなどで発信するようになりました。ネットの世界も、懐に入り込めば、意外にフレンドリーなんですよね。

同じ時期、実験的な作品を書いていて、マメにエゴサーチしていたことがあります。作品が形を成すまでだけでなく、それが読者にとってリーダブルなものか、その反響の回収までが実験だったからです。それで分かったのは、実験的な作品を書くと、ものすごく怒る人がいるということ。
武田 
 面白い、面白くない、という評価ではなく、許せん、と。
平野 
 そう、辛辣な批評とは違うんですよね。傷つくとかとも違って、興味深いことでした。なぜこの人はこんなに怒っているのだろうと。

ひと頃から如実になったのは、「時間返せ」というレビューです。時間を費やしたということに対して、現代はセンシティブになっている気がします。現代美術で訳の分からない物が作られても、数秒で通過してしまえるから、それに対してはあまり腹を立てない。 でも小説を苦労して一ヶ月かけて読んで、結局訳が分からなかったら、人はものすごく怒るんですよ。それは、時間感覚の問題なのだと思います。

六〇年代のビデオアートには、どうでもいいような映像が延々と一時間続く、というようなものがあります。当時の時間感覚の中では、そこに面白さを味わえたのかもしれないけど、いまは僕もちょっと付き合えないですからね。
武田 
 雑誌や新聞記事も、最近は文量が少ないものが増えました。テレビに至っては、次に何が起きるかが常に示されている状況です。「CMの後、大爆笑!」「噂の○○登場!」などとテロップで埋め尽くし、時間を無駄にさせない。 書店にも「ラスト五ページで涙」といった売り文句が連なっています。そういう発信の仕方が激化していくと、純文学にも、同じやり口が求められることになるかもしれません。「本当にあと五頁で泣けるんですか? まさか、このまま泣かせないなんてことはないでしょうね!」みたいな。
平野 
 実際、そうなりかけているところがありますね。ただ、時間がないから短篇や中篇が好まれるのかというと、そうでもないんですよ。ある程度の読者は読み応えがある、長いものを求めている。その気持ちがあってなお、内容が気に入らないと、激怒、ということになるんでしょう。
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この記事の中でご紹介した本
透明な迷宮/
透明な迷宮
著 者:平野 啓一郎
出版社:
以下のオンライン書店でご購入できます
考える葦/キノブックス
考える葦
著 者:平野 啓一郎
出版社:キノブックス
以下のオンライン書店でご購入できます
ある男/文藝春秋
ある男
著 者:平野 啓一郎
出版社:文藝春秋
以下のオンライン書店でご購入できます
マチネの終わりに/毎日新聞出版
マチネの終わりに
著 者:平野 啓一郎
出版社:毎日新聞出版
以下のオンライン書店でご購入できます
「マチネの終わりに」出版社のホームページはこちら
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