魔女・怪物・天変地異 近代精神はどこから生まれたか 書評|黒川 正剛(筑摩書房 )|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
マイページで記事のブックマーク!
ログイン
マイページ登録

トップページ

特集

書評

連載

コラム

ニュース

読書人とは マイページ

読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年11月10日 / 新聞掲載日:2018年11月9日(第3264号)

〈好奇心〉のヨーロッパ史 
価値判断の変化を映し出す鏡としての好奇心 

魔女・怪物・天変地異 近代精神はどこから生まれたか
著 者:黒川 正剛
出版社:筑摩書房
このエントリーをはてなブックマークに追加
おそらく、『〈好奇心〉のヨーロッパ史』というタイトルがついていてもおかしくはない。魔女や怪物や天変地異を扱いながら、それに対してヨーロッパ世界がどのような「好奇心」を寄せたのか、あるいはそうした「好奇心」がどこから生まれて来たのかを追ったのが本書なのだから。

著者はこれまでも、ヨーロッパの魔女狩りに関する研究を積極的におこなってきており、それに関する著作も数多い。またそうした経歴を持っているからこそ、中世末から近世にかけてのヨーロッパ研究に関し、次のような新たな問題意識を抱くに至ったのだろう。「『魔女』と『驚異』という事象には、古代ギリシア・ローマ時代から連綿と続き、蓄積されてきた膨大な遺産がある。しかし、その遺産で充溢した二つの事象が、『魔女狩りの激化』と『驚異の大増殖』という形で一挙に同時代現象として噴き出したのである。一見、無関係とみなされ、これまでほとんど関連付けて考えられることがなかった、この2つの出来事が織りなすダイナミズムから近代精神が生まれたのだ。」

「魔女狩りの激化」はともかく、「驚異の大増殖」については少しだけ説明を加えておこう。ルネッサンス以降、大航海時代の幕開けにともなって、ヨーロッパには前代未聞の文物が世界各地からもたらされるようになった。権力者たちは、そうした珍しい品々を熱狂的に蒐集し、結果「驚異の部屋ヴァンダーカンマー」と呼ばれるコレクションルームがヨーロッパ各地に作られてゆく。そうした現象と、やはりこの時代から猖獗を極めていく魔女狩りが、表裏一体の関係をなしているというのが著者の見解だ。大航海時代に引っ掛けるわけではないけれど、まさに「コロンブスの卵」とも呼べる視点であって、言われてみればたしかにそうだが、これまで気付きそうで気付かなかったこと。

たしかに、「魔女」も「驚異」もある共通項で結ばれている。これぞ、通常の感覚や理論では説明できない…著者の表現を借りるならば…「奇異」「異なるもの」なのであり、またそれに対する好奇心が生まれた所以である。ただし一口に「好奇心」といっても、一筋縄ではゆかない。それは時代や地域によって様々な変化を遂げてきており、その変化のありようこそが、ヨーロッパにおける価値判断の変化を映し出す鏡となっているからだ。好奇心を肯定的に捉えるのか否定的に捉えるのか、またどちらの捉え方をするにせよ、いかなる理由に基づいてなのかは、千差万別。だからこそ、好奇心の対象となる「奇異」への見方も、状況に応じて変わってくるわけだ。

もちろん、その詳しい経緯については本書を読んでのお楽しみ…といったところだが、近世に入って「知的原動力としての好奇心」という見方が生まれ、それが近代的精神の誕生へと結びついていったという結論部分についての紹介だけは、少しおこなっておきたい。著者はその一因を「驚異の時代の終焉」に求めるのだが、他にもう一つ、「正統な理由のある好奇心は、自然科学研究に代表される領域で男性によって担われるべきものとされたのである」と指摘する。逆に「家父長制社会が進展するヨーロッパの近世から近代にかけての時代、女性が政治・文学をはじめとする男性の活躍舞台に侵入し始めると、方法論や正当な理由のない好奇心は女性的なものとされるようになった」。本書にも登場する魔女狩りをはじめとして、ヨーロッパにおける女性像について研究を重ねた著者だからこその見解だろう。

それにしても、現代のこの国における「好奇心」のあるべき姿とは何なのか。本書でも紹介されているように、文部科学省の学術の基本問題に関する特別委員会では、「『好奇心』という言葉で学術を説明すると、個人の趣味と受け止められてしまう」という意見が出されたそうな。そんな意見が大手を振るうような学術のあり方で大丈夫?とも思ってしまうが、何しろ生産性の時代ですからね。生産性と結びついた好奇心ならば許されるのかもしれないけれど、もしもそうならば、そんなものなど持たない方がまだましである。
この記事の中でご紹介した本
魔女・怪物・天変地異 近代精神はどこから生まれたか/筑摩書房
魔女・怪物・天変地異 近代精神はどこから生まれたか
著 者:黒川 正剛
出版社:筑摩書房
以下のオンライン書店でご購入できます
「魔女・怪物・天変地異 近代精神はどこから生まれたか」出版社のホームページはこちら
このエントリーをはてなブックマークに追加
小宮 正安 氏の関連記事
読書人紙面掲載 書評のその他の記事
読書人紙面掲載 書評をもっと見る >
歴史・地理 > 西洋史 > ヨーロッパ史関連記事
ヨーロッパ史の関連記事をもっと見る >