『悪の華』を読む 書評|安藤 元雄(水声社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年11月10日 / 新聞掲載日:2018年11月9日(第3264号)

その二重性を明確に位置づける 
独創的で興味深い見解を随所で披露

『悪の華』を読む
著 者:安藤 元雄
出版社:水声社
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『悪の華』を読む (安藤 元雄)水声社
『悪の華』を読む
安藤 元雄
水声社
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これは、『悪の華』の全訳もあるフランス文学者にして詩人によるボードレール『悪の華』論だ。

著者はまず『悪の華』の詩句について、「古典主義的な格調の十二音綴詩句アレクサンドラン」、「ロマン主義風の絶叫調」、「散文主義プロザイスムと呼ばれる手法」、「歌謡調」など様々なタイプを指摘した上で、『悪の華』のうちに「あらゆる矛盾の総体」、「あらゆる書法のせめぎ合い」を認める。そして、この詩集におけるボードレールが「十六世紀から十八世紀に至るフランスの詩の伝統を充分に受けとめた上で、それと現実とのへだたりや矛盾を一身に引き受けて行った」のであり、「この態度自体が、一方ではきまじめそのものでありながら、同時に他方では滑稽でもあるという二重性をすでにもつ」ことを正当にも指摘する。そこから、ボードレールが「皮肉イロニー」という語で形容した「一つの詩が、詩人の内面からほとばしる痛切な祈りであると同時にパロディでもあり演技でもあるという事態」が生ずるのだとする。『悪の華』の孕むこのような二重性、「皮肉イロニー」を明確に位置づけているところが本書の大きな魅力となっている。

また芸術家についての詩篇、恋愛詩、「憂鬱」という主題、アレゴリー、「子供」としてのボードレールと『悪の華』の諸相を浮き彫りにした詩篇の詳細かつ丁寧な読解にはいくつもの卓見がちりばめられている。例えば、「読者や享受者を通じて社会全体との間に絶えず緊張関係を保ち、その緊張関係によって自己を確立しつつ、身をもって社会から疎外されることで逆に社会を批判し返す存在」としての芸術家像の指摘、「眼前にあるいくつかの具体的な事物を列挙し、それをもって既知の現実を代表させたのちに、心にとりついて離れないある一つのものの名にかけてそれらを一気に否定し去る」「否定的列挙」の指摘、「アレゴリーを眼前の現実よりも遙かに射程距離の長い認識として提示し、それによって眼前の現実に風穴をあける」ことに存するアレゴリー概念、長詩「旅」の読解を通してのボードレールと「生父の仇を討つため母とその再婚相手を殺したオレステース」との重ね合わせなど独創的で興味深い見解が随所に披露されている。

『悪の華』の邦訳史と日本における受容史を跡づけた一章が最後に付されていることも本書の大きな特色をなしている。とりわけ、鈴木信太郎訳への批判との関わりで、ボードレールの魅力がその「異議申し立ての姿勢」にあるとする読者層があるとし、そういった読者層が「次第に権力主義の色を濃くして行く明治以降の社会に対する自分たちの違和感が、そこに代弁されることを望んだ」のであり、永井荷風や金子光晴にもそのような傾向があったという指摘は、明治以降の文学の展開においてボードレールの果たした役割が明確化されている点で興味深い。

『悪の華』という詩集の創造を当時のフランス社会とフランス詩史のうちに位置づけつつ詩篇の丁寧な読解をも展開させ、『悪の華』邦訳の明治以降の文学への影響にまで言及した本書は、ボードレールについて思索を深めたいという人にも、これから『悪の華』を読んでみたいと思っている人にも格好の書物であると言えよう。
この記事の中でご紹介した本
『悪の華』を読む /水声社
『悪の華』を読む
著 者:安藤 元雄
出版社:水声社
以下のオンライン書店でご購入できます
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