人間たちの庭 ホテル・サピエンス 書評|レーナ クルーン(西村書店)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年11月10日 / 新聞掲載日:2018年11月9日(第3264号)

フィンランドSFの逸品 
寓話的な穏やかさからより深い思考へ

人間たちの庭 ホテル・サピエンス
著 者:レーナ クルーン
翻訳者:末延 弘子
出版社:西村書店
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毎年夏になると、アマチュアのSFファンたちによって開催される年次SF大会。群れたがるSFファンが企画し、SF関係の書店や模擬店が開かれ、作家の講演やサイン会やプロアマまじえてのパネルといった自主企画が乱立するイベントである。さて、昨年世界SF大会が開かれたのは、フィンランドのヘルシンキだった。フィンランドでは史上初というその大会は、アメリカで開催されるようなマンモス大会ではなく、こじんまりとしながらも、欧州やアジア諸国などからの参加者が多く国際色の濃い、多様性溢れる大会だった。関税の関係でアメリカのSF書店があまりこなかったせいかもしれないが、英米圏の色調がぐっと抑えられると、百花両論ともいうべき、多言語的な色彩が強くなるという事実を目の当たりにした。ムーミンを生み出した開催国フィンランドは、流石に世界大会を主催するだけあって、SF活動に手応えがある。多様性を強調する大会を観察しながら、英米圏とは一味違うテイストとは一体何かと考えさせられた。

本書は、まさにそのヒントとなるような作品だ。フィンランドのSF&ファンタジー系の作家が2013年に刊行した思弁小説(スペキュレイティヴ・フィクション)なのである。このサブジャンルは、欧米SFでは60年代ニューウェーブの頃から盛り上がったものだが、本書はそのスタイルを継承しつつも、21世紀の世界情勢を北欧視点で鋭角的に批評し、エッジで芸術的な作品にまとめている。その文学性は志の高さを示しているようで、目を見張る。

冒頭、人類を個人の集合とみなすのか、ある一定の方向性を持つひとつの大きな種とみなすのかという問いかけから始まる。個か全体かという問いは、かつてなら民主主義と全体主義との葛藤を思い起こさせるものであるが、現代なら、今や地球という惑星を食いつくさんばかりの人類が、どっぷりと浸りきっている人工的世界というシステムの自走性と向き合わざるを得なくなっている状況を、浮かび上がらせる。

イントロに続いて、ホテル・サピエンス、つまりホモ・サピエンスたる人類の宿泊施設に集う人間たちの様子が吟味されていく。この奇妙な場所は、有害物質を含む濃霧によって外部から隔てられ、外がどうなっているのかは不明ながら、たとえ外で世界が滅びても、しつこくサバイバルし続けることができるらしい。秀逸なのは、そうした滅亡の危機感を超越したシステムの代理人が看護人らと呼ばれる連中なのだ。彼らは「時計」とあだ名され、クローンのような修道女たちを手下に日々集められた人々を監視する。標本箱に収められたかのような人々が登場し、その様子が描かれていく。様々なものに恐怖を覚える恐怖症のH.H.氏、システムを批判し続けるヒッグス氏、常識にしがみつく常識夫人に、視覚に関して考察する失明した眼科医などなど。彼らの存在は標本箱に入れられた人間見本というより、彼らの考えや行動を通して、老人福祉施設とも、学校とも、軍隊とも、難民キャンプとも病院とも監獄とも言えそうな変幻自在のホテル・サピエンスの設定が考察される。そして、それが文明社会の縮図として寓話化されていることが理解される。

こうした物語の組み立て方は、バラードやディックやアンナ・カヴァンといったニューウェーブ時代の作家やそのスタイルの継承者にとっては、なつかしく見慣れたスタイルに思えるかもしれない。しかしながら、本書は、英米圏における全体主義批判を背景にもつ作家たちの、異常な緊張感に取り憑かれた危機的物語というより、もう少しメランコリックな感触をもたらす。寓話的な穏やかさからより深い思考へ立ちいたる、これはフィンランド SFの逸品である。
この記事の中でご紹介した本
人間たちの庭 ホテル・サピエンス /西村書店
人間たちの庭 ホテル・サピエンス
著 者:レーナ クルーン
翻訳者:末延 弘子
出版社:西村書店
以下のオンライン書店でご購入できます
「人間たちの庭 ホテル・サピエンス 」出版社のホームページはこちら
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