私のティーアガルテン行 書評|平出 隆(紀伊國屋書店 )|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年11月10日 / 新聞掲載日:2018年11月9日(第3264号)

記述はまさに迷路のよう 
読みながらつねに複数の声が響く

私のティーアガルテン行
著 者:平出 隆
出版社:紀伊國屋書店
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 「ティーアガルテン」はドイツ語で動物園、猟場の意味で、ベルリンでは公園を指すという。ヴァルター・ベンヤミンは少年時代、自宅を出て川を渡り、広大なティーアガルテンに入っていった。それがベンヤミンの文学的経験の糸口だったそうだ。

本書は、著者が「私の生涯という迷路の、いくつもの入口」を形づくった多くの人たちと出会い、どのように世界に踏み込んでいったのかを語るエッセイだ。

ベンヤミンが幼年期の回想を「あまりにも文章として姿がちがう」二つの文章として書いたように、本書もある時期の体験を章を替えて、べつの視点から語りなおしている。もちろん、これは本書の姉妹篇である『遊歩のグラフィズム』(岩波書店)ほかの著作でも変奏されている。自著も含めた多様な書物からの引用が多く、読みながらつねに複数の声が響いているようだった。

門司に生れた著者は、中学校で数学に熱中し、数学者を称揚する文章を先生に認められたことから、詩を書くようになる。当時、友人と発行した手書き雑誌『除夜』には、すでに独自の造本の工夫がみられる。
高校になると、小倉の魚町にあった金榮堂書店を起点に街を遊歩し、受験浪人のときに同人雑誌を創刊する。上京して一橋大学でフランス文学者の出口裕弘に学び、詩人としてデビューする。卒業後、河出書房新社で文芸編集者として澁澤龍彥や川崎長太郎を担当した。

時系列にまとめるとこうなるが、実際には過去と現在、日本と海外を行き来する記述はまさに迷路のようで、動物学者でエスペランティストの祖父のこと、野球への情熱、歌うことへの逡巡など一見、脇道におもえるエピソードも著者を形づくる重要な要素なのだ。

大学を卒業するとき、著者は卒業生の席につかず、二階の父兄席から式を眺めた。「そこに、そこにいない」状態は、文学者としての基本姿勢となる。

「その衝動とは、二つの異なる分野や概念がたがいに接近しあい、重なりあってしまうような領域への欲望である。(略)できることならば、異なる領域同士が重なりあう場所にこそ立っていたい」

詩を書きながら、詩壇から離れ、散文へ接近する。絵画と写真の重なりあう場所を探し求める。そして、その成果を書物として読者に差し出す。

ガリ版、タイプ、タイプオフセット、活版、ゼロックスコピーという時代ごとの印刷技術を利用して、手づくりの雑誌を出してきた末に、著者は八ページの薄い本であり、同時に郵便物でもある《via wwalnut叢書》という形にたどり着く。「背水の陣」であり「極小の拠りどころ」として実現したこのシリーズには、著者が人生という迷宮で遭った人々の痕跡と、躓きも含む経験から得たものが反映されているはずだ。

著者は中学生の頃に、自分と同じ姓である、大逆事件の弁護士・平出修の全集で「逆徒」という言葉を知ったと最終章にある。新潟の喫茶店で本書を読み終えた評者は、隣の書店で出たばかりの平出修の評伝を見つけた。偶然だが、何かに導かれているように感じた。
この記事の中でご紹介した本
私のティーアガルテン行/紀伊國屋書店
私のティーアガルテン行
著 者:平出 隆
出版社:紀伊國屋書店
以下のオンライン書店でご購入できます
「私のティーアガルテン行」出版社のホームページはこちら
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