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更新日:2018年11月14日

『書評キャンパス at読書人 2017』に関してのお詫びと訂正

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『美しい顔』と『日本国紀』

與那覇 潤氏
與那覇 
  昔話をすると、二〇一一年末に『中国化する日本』が話題になって色んな出版社からお話をいただいたとき、僕は必ず「一冊でわかる戦後史」のような本が要りますよと言っていました。論壇で「戦後日本」を乗り越える、いや受け継ぐとか騒いでいても、これからは「戦後」と言われて何のイメージも湧かない世代が主流になるのだからと。半年後に孫崎氏の本が売れて「先見の明」が半分は証明されたわけですが、しかしその内容がもはや歴史でなく神話、呪術的な災因論になっていた点では完全に予想を外したわけです。その時からですね、この国における歴史の不要さを感じだしたのは。

二〇一二年にはもう「歴史に意義はある」派は完敗寸前だった。それを一六年末から『応仁の乱』が話題になり、いわば呉座さんたちの奮闘で延長戦にもつれ込んだわけですが、しかし一八年に決定的な終わりが訪れた。たまたま四月に歴史学者ではない立場で最初の本(『知性は死なない』)を出した頃でしたが、『美しい顔』という小説が新人賞をとって、『群像』六月号に掲載されます。各紙絶賛で芥川賞も本命視されたのに、震災を扱ったノンフィクションや研究書から事実上コピペして地の文を書いていたことが判明し、一転して大ブーイングを浴びる事件となりました。

このとき問題視されたのは作者の女性のモラルだったけど、僕は少し違うことを考えたんです。これは「歴史の加速」を示す事件ではないか。たとえば幕末ものの時代小説を書こうと思ったら、研究書を何冊か読んでイメージを作って書いていくのは普通ですよね。しかし『美しい顔』の作者はその手法を、わずか七年前の震災に当てはめている。「震災って昔あったじゃん。あれを舞台にこのテーマを書いたら映えるかなと思って」という感覚になっている。それくらい、同時代の出来事が一瞬で「歴史」になってしまう世の中が生まれていたんだなと。

では出来事が「歴史」に放り込まれるとどうなるか。それを示したのがやはりコピペが判明して話題になった、十一月刊の百田尚樹『日本国紀』ですね。要は歴史なんて、ネット上で日々ビックデータ化してゆく過去についての記述の累積にすぎんのだと。それをブランド力のある、どの著者名でコラージュしてマネタイズするかだけが大事だと。これはもうゲームセットですね。延長戦に持ち込んで次の元号を迎えられるかと思いきや、若い女性キッカーの「美しいパス」が上がったところに、作家生命を投げ打った百田先生のダイビングヘッドで決勝点が決められてしまった。
綿野 
 なるほど(笑)。
與那覇 
 僕は池田信夫さんと作った『「日本史」の終わり』、東島誠さんとの『日本の起源』とあわせて、一千年単位の歴史の本を三冊書いたかなりのレアキャラなんですが、それは間違った歴史が横行する社会の背景に「歴史自体が無意味になる」現象があると考えていたからです。日本スゴイ史観って実は史観じゃなくて、サプリですからね。「いい感じのエピソード」を過去から拾ってきて、そこだけ見て日本人も元気出しましょうよということですから。

だから一千年史のように、全体像に一本「筋」を通す歴史叙述を示すことが対抗軸になるという考えだったのですが、いまはもう諦めました。むしろ日本に限らず世界的にも「社会の記憶は十年持たない」ことを前提に考えないといけないんじゃないか。たとえば『あなたを支配し、社会を破壊する、AI・ビッグデータの罠』(インターシフト、二〇一八年)が話題のキャシー・オニール。彼女は二〇〇八年のリーマンショックの時にヘッジファンド勤務で、「リスクを最小化する完璧なアルゴリズム」が全然機能しないありさまを見て、アンチAIの活動家になった。ファンドの前はハーバードで数学の博士号をとって大学教師もしたそうだから、いわゆる「グローバル人材」でしょう。

しかしそもそもリーマンの約十年前、一九九七年にはアジア通貨危機があり、金融工学でノーベル経済学賞を受けた学者が運営するファンドLTCMが破綻(九九年)して大騒ぎになったんです。グローバルエリートと言われる人でも、そうした記憶を十年覚えておけない。実際リーマンから十年後の二〇一〇年代末に、シンギュラリティとか第三次AIブームとかいうバブルが来ましたでしょう。「歴史の教訓」なんて、社会的には十年持たせるのがギリギリなんですね。
綿野 
 誰かを敵認定する陰謀論的思考が流行したのは、與那覇さんがご指摘された歴史の問題とともに、責任の問題というのがあると思うんです。
綿野 
 最近、北田暁大さんの『責任と正義』(勁草書房)を読み返したんですが、そこに「責任のインフレ」という言葉が出てきます。近代的なリベラリズム社会では行為者の意図や予見可能性をもとに、その行為の責任が考えられる。しかし、公害問題や差別問題においては、行為者の意図と関わりなく、行為の結果をもとに責任というものが考えられるようになった。たとえば、行為者にセクハラする意図がなくても、セクハラはセクハラである、とその責任を問えるようになりました。なかでも興味深いことに北田さんはこのような責任観は反ユダヤ主義にも通じると指摘されているんですね。結果を受けた側が行為者の責任を判定する際に、フェイクや妄想が入り込む余地がある。社会が混乱しているのはユダヤ人のせいだ、という言説もこのような責任観をとっている。いずれ、このような責任観が広まると、互いに互いの責任を追及し合う「責任のインフレ」が起こるだろう。いまTwitterでネトウヨやポリコレ派が繰り広げている現状を、北田さんは予見していたと思います。対米従属論も、日本がダメなのはアメリカの責任だ、という責任のインフレのひとつのように思うんです。
與那覇 
 『責任と正義』は僕も院生の頃に影響を受けた本で、二〇〇三年の刊行時に流行がピークだったカルチュラル・スタディーズへの批判でもあります。「ここにも権力が、あそこにも差別性が」というミクロな政治性の指摘ばかりしていくと、「結局すべては政治的だ」以外の結論がなくなってしまう、そこにストップをかけようとされていた。これは貴重な問題提起でした。

一方で責任のインフレという論点は、新しいようで古い問題だった気もします。終戦直後に「一億総懺悔」論というものがあったけど、これはある意味で正しいでしょう。いちおうは選挙をやっていた国の中枢が暴走して戦争になったわけだから。しかし、そこで「全国民に責任があるからみんなで懺悔しよう」と言ってしまって、総理大臣や参謀総長と、赤紙でいやいや徴兵された人の責任が同じにされたらかえって無責任なことになる。北田さんの言うように「小さな責任もゆるがせにせず」をやりすぎると、かえって社会構造上「大きな責任」を追うべき人が逃げおおせる構図です。

こうした議論を一九四五年の東久邇宮内閣の時にやっていたのですが、社会の記憶は十年持ちませんので、十年後にはお馴染みの五五年体制=自民党支配が誕生し、しかもこの時は戦前回帰的な「自主憲法制定」を公然とうたっていた。ところがその後も「戦後」が七〇周年まで続いた結果、歴史学者も含めて日本の知識人は甘えちゃったんですね。「これが歴史の教訓だ!」と言っておけば、何十年も語り継いでもらえるという幻想に溺れている。
綿野 
 元号で区分して思考することにあまり意味があるとは思いませんが、平成の左翼を振り返るとまさに「十年しか記憶が持たなかった」わけですね。野党共闘を目指す左派ポピュリズムなるものがまた最近喧伝されていますが、二大政党制の実現と呼ばれていた十数年前の言説とどう違うのでしょうか。ソ連崩壊後に左翼なるものは何か、がまったくわからなくなってしまったとはいえ、この記憶喪失はやはり深刻です。
與那覇 
 デモは盛り上がるのに選挙で勝てない、だったらデモの時には共闘できた共産党とどこまで組むか。六〇年安保や七〇年前後の革新自治体のときと同じ話を、記憶がないから無自覚に繰り返しているのが「SEALDs応援団」の人たちですね。
綿野 
 ええ。しかも、彼らもまた誰か敵認定するロジックでしかない。
與那覇 
 「すべては安倍のせい」ですからね。
綿野 
 二〇一八年に文庫化された『日本人はなぜ存在するか』(集英社文庫)の「解説にかえて」で、與那覇さんは「徹底して「人間」を物語の主人公の座から排除し、「再帰性」の相互連関だけを見ていく姿勢」だと左翼を定義されていて、重要なご指摘だと思います。もちろん、カール・シュミットがいうように政治とは誰かを友/敵認定することだといえますが、単に誰かを敵認定して万事解決するような議論はやはり避けるべきだと思います。
與那覇 
 歴史叙述って本来、そうした視点を身体化するための手法だったと思うんです。陰謀史観や英雄史観はそこが見えてないし、「実証史学」にも手段を目的と混同する残念な人がいますね。
綿野 
 與那覇さんは平成を振り返る仕事をしながら、ある時期から、国家を人と同一視するような議論が出てきたともおっしゃっています。
與那覇 
 画期は小泉政権の発足(二〇〇一年)でポピュリズムが本格化したあたりですが、実はその前から人文的な知がそうした方向に流れていた面がある。九五年の加藤典洋さんの「敗戦後論」では「戦後の日本国民」がまるごとひとりの人格のように分析されて、平和主義と戦前肯定の二重人格という指摘がされました。これが二〇一三年に白井聡さんが書いた、集合人格としての国民全体による「敗戦のトラウマの否認」という議論(『永続敗戦論』)まで続く。でも国家をひとりの人間と同じように語れるなら、じゃあひとりに代表してもらいましょうとなる。
綿野 
 與那覇さんがご批判されてきた、国家を人格とみなす思考が行き着いたのは、天皇制の安易な肯定だったんじゃないでしょうか。白井聡さんが典型ですが、まさに天皇に理想の国家を体現してほしいという願望があるように思います。
與那覇 
 内田樹さんもですね。
綿野 
 対米従属論を唱える人の多くがそうなってしまった。そもそも左翼だったのかも疑わしいですが。
與那覇 
 右が「コミンテルンの陰謀」を言うなら左は「CIAの陰謀」で対抗だ、と同じ構図で、お前らが国民の代表として安倍晋三を担ぐなら、こっちは「もっと人気のヒーロー」として天皇を使ってやると。発想の原点は、二〇〇四年の園遊会でしょう。当時、石原都知事の下で教育委員をしていた米長邦雄さんが「全国の学校で日の丸・君が代を徹底させます」と天皇に挨拶したら、「強制にならないようにね」と返された。あの辺りから「天皇はいい人だから、国民が自力で右傾化を止めるよりも彼に注意してもらった方が早い」と、そう思う人たちがでてきました。
綿野 
 いわば、天皇がリベラル化したという議論ですね。與那覇さんの言葉を借りれば、平成における天皇のリベラル化についても、個人の物語ではなく「再帰性の相互連関」から見るべきだと最近思っているんです。世界同時的に君主や天皇に期待する動きがあるんじゃないか。政治学者の水島治郎さんらが『現代世界の陛下たち』(ミネルヴァ書房)という論集を編まれています。そのなかで水島さんらが指摘しているのは、民主主義と君主制という矛盾した政治システムをもつ立憲君主制において、国民の広い支持を得るために王室は概して中道左派路線をとっているということです。左派がリベラルな天皇制を肯定して、右派や保守派が反発するというねじれ現象は、日本だけではなく、世界中の立憲君主制の国々で起こっていることだ、と。
與那覇 
 立憲君主制の本が注目されるのは有意義なことですが、『知性は死なない』にも書いた通り、君主制に視野を限らない方がいいと思うんです。国民を代表する身体を「一つに絞るのか、二種類持つのか」という問題だと考えたほうが、実権をもつ首相のほかに名誉職としての大統領を置く国(ドイツやイタリア)も参照できる。名誉職と実権者とはそれぞれ、「全員が共感できる美しい建前を語る人」と「それでは片づかないドロドロした調整を担う人」のこと。この両方を無理に一人にやらせようとすると、トランプみたいな「綺麗ごとなんかバカらしくて言えるか。俺さまについてくる奴だけが国民だ」という人が出てきてしまう。

しかしそうした目で見たとき、いま起きているのは「天皇による安倍政治の抑制」よりも「安倍さんの天皇化」なんですね。忖度という語が流行ったように、最近は安倍さんも本音を抑えて綺麗なことばかり言うから、周りが「自発的」に汚れ仕事を代わってあげるようになった。憲法改正もそうで、安全保障上のシリアスな議論をすることはもう投げたから、安倍さんがそのうち泣いてる自衛官の子どもとかの手を取りにいく気がします。陛下の被災地慰問をコピーして。
綿野 
 十日ほど前、新しい元号が決まりました。最後にひと言ご意見を。
與那覇 
 安倍さんの意向で中国の古典ではなく万葉集から採ったけど、その万葉集の典拠がそもそも漢籍だと批判する人がいますが、それはいいかなと思うんですよ。中身が中国製だと知ってはいても、やっぱり中華製スマホを回避してアップルを買う人と同じで、すべてが中国に飲みこまれていく時代を生きるのが辛いなら、一枚噛ませて目をそらす権利くらいあると思うのね。

むしろ安倍さんが令和の語義を説明する際、SMAPの『世界に一つだけの花』を引いたほうに違和感がある。万葉集でも梅の歌を集めた箇所から採った元号だそうですが、SMAPの歌詞は花屋さんで花を買う話なんだから、普通に考えてその「一つだけの花」は梅じゃないでしょう。総理大臣が自国の古典に接しても万葉人の心なんて浮かばず、「中国じゃない」という点にしか意味を見いだせない。百田先生の決勝点に続いて、盟友の安倍総理がダメ押し弾を決めた、歴史が無効化してゆく平成に相応しい幕切れだったと思います。
綿野 
 ありがとうございました(笑)。
(おわり)
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