日本文明研究所 第十三回シンポジウム載録   五感を研ぎ澄ます 日本古来の香りと音とは? 蜂谷一枝軒宗苾×石塚麻実×猪瀬直樹 |書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
マイページで記事のブックマーク!
ログイン
マイページ登録

トップページ

特集

書評

連載

コラム

ニュース

読書人とは マイページ

読書人紙面掲載 特集
更新日:2018年11月23日 / 新聞掲載日:2018年11月16日(第3265号)

日本文明研究所 第十三回シンポジウム載録
五感を研ぎ澄ます 日本古来の香りと音とは?
蜂谷一枝軒宗苾×石塚麻実×猪瀬直樹

このエントリーをはてなブックマークに追加
八月二十八日、日本文明研究所の第十三回シンポジウムが行われた。「五感を研ぎ澄ます 日本古来の香りと音とは?」と題した本シンポジウムには、志野流香道二十一世家元継承者の蜂谷一枝軒宗苾氏が登壇し、香道とは何か、その歴史を繙き、現在と未来をも語った。またその終わりに、クリスタルボウル奏者の石塚麻実氏が「祇園精舎の鐘の声」とはこの音色ではないか、と言われるクリスタルボウルを演奏。モデレーターは作家で当研究所所長の猪瀬直樹氏が務めた。日本の文化を知るところから現代を省みる貴重な機会となった。 その内容の一部を載録する。   (編集部)
目 次

第1回
■世界中の香りの文化

猪瀬 直樹
猪瀬 
 若い頃愛読していた、柳田國男の『明治大正史 世相篇』には、香りについての記載がありました。日本アルプスの案内人が「山中に、今日はもう誰か入っていますね」と、匂いで分かるのだと。大正時代に書かれたものですが、近代化によって失われていく音や香りについて詳細に描かれているものです。香道は日本独特のものです。我々は普通匂いを「嗅ぐ」と言いますが、香道では「聞く」と言います。 森鷗外の「興津弥五右衛門の遺書」は、細川家と伊達家の香木争奪の史実を元に、書かれた小説です。細川三斎が、家臣である興津弥五右衛門と横田清兵衛を、茶事のための珍しい品を買ってくるようにと命じて長崎に送り、二人は最高級の伽羅(キャラ)を手に入れようとする。ところが香木は非常に高価なので、横田は本木と末木(うらき)のうち、質の劣る末木を買い求めればいいのではないかと言う。興津は主の命を守るべきだと主張し、言い争いが高じて横田を切ってしまう。結局、細川家が本木を、伊達家が末木を手に入れることになるのですが、その歴史的な香木が、蜂谷さんの家には伝わっているんですよね。今日は蜂谷さんに、香道とは何ぞやということを、話していただきます。
蜂谷 
 私の父は、香道志野流の現家元で、その家の長男に生まれたところから、私の全てが始まっています。いまはこの香道という文化を継承して、次の世代に残していく使命感から、日々稽古をしています。 江戸時代には、現在の青森県にあたる南部地方から、現在の大分県にあたる豊後国まで、地方大名もみな香道をたしなみました。ここから近いところでは、江戸城の大奥の奥女中も、志野流の香道を行いました。当時の日本は鎖国の時代でしたが、たくさんの香木が長崎の出島に入り、武家では香木を買い求めてその香りを楽しんでいたのです。香木を楽しむためには、細かい作法があります。それを教え伝えるのが家元の役目で、五百年間変わらぬかたちで、作法を伝授してきました。 香道の稽古とは何をするのか……ひたすらお香を聞くのです。香道は口伝の世界で、書物はほとんどありません。私も、祖父や父のお香を聞いている姿を見て、真似ていきますし、むしろ香木が導いてくれる世界だと感じています。香道という「道」を一生かけて探究します。自分を知るということも、香道の探究する課題の一つと考えて、日々、香を聞いています。* ここで大きく時代を遡りますが、火を手に入れた原始時代は、動物たちと同じく人間にとっても、五感の内で嗅覚が最も重要でした。現代社会は視覚や聴覚が優位だと言われますが、人間が自然に身を置いて暮らした時代には、敵と味方を判断したり、食料と毒を区別したり、生きるも死ぬも嗅覚の力によるところが大きかった。 遥か昔から、世界中に香りの文化がありました。例えば古代エジプトには、奴隷に香を焚かせているクレオパトラの絵が残っています。また古代中国には、最古の漢字である甲骨文字に「香」があります。 新約聖書では、イエス・キリストが生まれたときに、東方の三博士が贈り物を持ってやってきます。一つは黄金。あと二つは乳香と没薬(もつやく)という香料です。つまり香料は、黄金と価値が同じだということです。没薬はミルラとも呼ばれ、ミイラの語源であると言われます。ミイラを作るときに、防腐効果がある没薬を利用していたことからです。 上へ上へと昇る煙を、昔から人は、天と自分たちを繫ぐものと見なしていたようです。いまでも天皇が即位するときには、神に伝えるために香を焚きます。ちなみに神様にも香りがあって、高貴な神様になればなるほど、いい香りがするそうです。また仏教では人が亡くなると、終日線香を焚き続けますが、あれは仏様の食べ物なので、絶やしてはいけないとされています。法華経では、お釈迦様が説法するときは、言葉ではなく香りでしたと言われています。そうしていろいろな香文化が流れ込み、昇華され、最終的な作法として極まったものが、香道の「灰点前」です。香炉の灰の中に火種を埋め、灰を山型に整えて、その山の頂に銀葉という小さな雲母片をおき、その中央に香木を一片おくのです。灰手前は見た目の美しさも大事ですが、火種の火加減が重要です。山の高さが一ミリ高いか低いかで、香りが変わってしまいます。灰点前では、非常に細やかな作法が要求されます。
このエントリーをはてなブックマークに追加
猪瀬 直樹 氏の関連記事
読書人紙面掲載 特集のその他の記事
読書人紙面掲載 特集をもっと見る >
文化・サブカル > 文化論関連記事
文化論の関連記事をもっと見る >