ドルと紙幣のアメリカ文学 貨幣制度と物語の共振  書評|秋元 孝文(彩流社 )|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年11月17日 / 新聞掲載日:2018年11月16日(第3265号)

紙幣と小説の関係を仔細に分析
珍しい分野への本邦最初の野心的な鍬入れ

ドルと紙幣のアメリカ文学 貨幣制度と物語の共振 
著 者:秋元 孝文
出版社:彩流社
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『ドルと紙幣のアメリカ文学』の序章において、著者は「アメリカ文学における紙幣的想像力のあり方を、通時的に跡づけることを目指」し、「ドルという紙幣とアメリカ文学作品の双方が、いずれも紙を媒介として、いかなるストーリーを紡いできたのか」を考察することが本書のテーマであると述べている。この発言からだけでも、秋元孝文氏の初の単著が「ドルと紙とストーリー」という珍しい分野への間違いなく本邦最初の野心的な鍬入れであることは明らかだ。

この序章では「西洋世界ではじめて公共の政府によって紙幣が発行された」アメリカにおける紙幣の歴史が概観されているが、大陸通貨の時代や自由銀行が紙幣を発行する時代を経て、南北戦争中の一八六二年に合衆国紙幣としてグリーンバックが発行され、この「グリーンバックの登場によってアメリカにはじめて全国共通となる紙幣が生まれた」と説明されている。このようなアメリカ紙幣のたどった複雑な歴史を教えられて、目から鱗が落ちる思いがするのは不勉強な評者だけではないだろう。

さらに、秋元氏のいわゆる紙幣的想像力の世界に足を踏み入れた読者は、「紙幣と文学は似ている」という第一章冒頭のエニグマチックな一文とともに、J・S・G・ボッグスという昨年他界した謎の人物がそこに立ち現れているのを見て一驚を喫するのではないか。この「紙幣の原寸大のコピーを精巧な技術をもって手書きでコピーする」紙幣アーティストの生活と意見と行動をつぶさに検討した著者は、文学と紙幣はともに「フィクション」で、ともに読まれるべき「テクスト」で、ともに「複製」であるという共通性を見いだしている。こうして、以下の各章ではメルヴィル、アルジャー、トウェイン、ボーム、ロンドン、フィッツジェラルド、バロウズ、オースターといったアメリカ作家の作品が紙幣と貨幣制度との関連において読み解かれることになるのだ。

ここでの秋元氏は、氏自身の愛用語を借りれば、「不信の停止」(これはS・T・コールリッジの愛用語でもあった)と「精読」を武器にして紙幣と小説の関係を仔細に分析しているので、その内容を要約することは決して容易ではない。例えば『オズの魔法使い』については、従来それをポピュリズム運動のアレゴリーと読むのが一般的だったが、そこに新しく紙幣という視点を導入した秋元氏は、緑一色のエメラルド・シティのグリーンをドル紙幣のグリーンと重ね合わせ、「オズと緑のエメラルド・シティは紙幣のアレゴリーとして読みうる」と主張している。あるいはまた、過去を取り戻そうとする男を主人公とした『グレート・ギャツビー』の主題を「時間」と規定する著者は、時間と貨幣との関係というレンズを通して作品を読み進め、「時は金なり」と説いたフランクリンとその末裔たるギャツビーの貨幣に対する態度の根本的な相違点を明らかにしながら、広告、分割払い、モデルチェンジといった言葉の意味をめぐる掘り下げた議論を展開している。

本書の「おわりに」で、これまでに取り上げたのが白人男性作家ばかりで、女性作家や人種的マイノリティに属する作家は皆無だった点を反省する秋元氏は、この「バランスの悪さ」の一因として、アメリカの紙幣の歴史そのものが白人男性中心的だったという事実を挙げると同時に、かつて「地下鉄道」に関わっていた奴隷解放運動家のアフリカ系女性ハリエット・タブマンを幼い少女として描いた百ドル紙幣のデザインを一九九五年に例のJ・S・G・ボッグスが発表していたというエピソードを紹介している。この百ドル紙幣を「精読」した秋元氏は、アメリカ紙幣から排除されているのは女性と人種的マイノリティと子どもなのだ、という情報を引き出しているが、『ドルと紙幣のアメリカ文学』の最初に登場していた紙幣アーティストを最後にもう一度登場させている著者は、見事なバランス感覚の持ち主であると言わねばなるまい。
この記事の中でご紹介した本
ドルと紙幣のアメリカ文学 貨幣制度と物語の共振 /彩流社
ドルと紙幣のアメリカ文学 貨幣制度と物語の共振 
著 者:秋元 孝文
出版社:彩流社
以下のオンライン書店でご購入できます
「ドルと紙幣のアメリカ文学 貨幣制度と物語の共振 」出版社のホームページはこちら
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