ジャック・オブ・スペード 書評|ジョイス キャロル オーツ(河出書房新社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年11月17日 / 新聞掲載日:2018年11月16日(第3265号)

ゴシック的戯れを作家・作品・読者をめぐるサイコ・ミステリーに

ジャック・オブ・スペード
著 者:ジョイス キャロル オーツ
翻訳者:栩木 玲子
出版社:河出書房新社
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ゴシックにご執心の今日の英米女性作家といえば、英国ではアンジェラ・カーター、米国ではジョイス・キャロル・オーツだろう。カーターは、「今日の我々はゴシックの時代を生きている」といった言葉を残して鬼籍に入って久しいが、『アメリカン・ゴシック・テイルズ』(1996年)や『テイルズ・オブ・H・P・ラヴクラフト』(2007年)などの名アンソロジーを編纂して面目躍如たるオーツは、いまだに創作でも健筆を揮っていて、しかも純文学作家にはあるまじき(?)ほどの多作家。今回訳出されたコンテンポラリー・ゴシックの秀作『ジャック・オブ・スペード』は、なんと七七歳の二〇一五年に刊行された。

語り手のアンドリュー・J・ラッシュは中年のミステリー作家。上品で知的な作風から「紳士のためのスティーヴン・キング」と称され、ベストセラー・リストの常連である。子供たちはそれぞれ独立し、今は愛する妻とふたり暮らし。良き夫として理解のある父親として慈善家の市民として、そして成功した作家として著名なラッシュだが、実は誰にも知られたくない秘密(家族にさえ隠している)がある。献本されたキングさえもが、「あなたの作品は私にはダークすぎる」と嫌悪感を抱く残虐非道な作品を、ジャック・オブ・スペード名義で嬉々として創作しているのだ。そんなある日、ラッシュは見知らぬ老婦人から、「あなたは私の作品を盗作したばかりか、私の人生を盗んでいる」と告発される。出版社の専属弁護士の働きで、なんとか訴訟沙汰にはならなかったものの、ラッシュは得体のしれない老婦人のことがどうにも気になってしょうがない。しだいに内なる声=鬼畜作家ジャック・オブ・スペードにそそのかされて、深夜にラッシュは問題の老婦人の屋敷に忍び込む。そして摩訶不思議にして驚嘆すべき事実を目にする……。

ホラー好きの読者なら、以上のあらすじを一読してピンときたのにちがいない。本書は、スティーヴン・キングの『ダーク・ハーフ』(ペンネームの怪異)や中編「秘密の窓、秘密の庭」(盗作疑惑)、そして、『ミザリー』(サイコな読者)を下敷きにしている。それだけではない、ポーの「ウィリアム・ウィルソン」や「告げ口心臓」、「黒猫」のパスティーシュでありあまつさえ、ドストエフスキーの『罪と罰』や『二重人格』をも想起させる。いわば、本書自体が“剽窃”のコラージュになっているのだ。文学批評用語で言うならば、インターテクスチュアルな作品であり、メタフィクションである。

そもそもゴシックはリフレクシヴなモードだ。はなから常にゴシック・リバイバル。つまり自身を再興させることで存在する。自身の幻想の過去という腐肉を食らい、偽装された伝統という生血を啜る食人鬼なのだ。自意識過剰という名のゾンビ。ゴシックの準拠枠は自己言及性である。しかも、肝心かなめの自身=オリジナルがなく復活=コピーがあるばかり。ゆえにカウンター・ナラティヴとしての役割を担った時期もあったが、今やそれも形骸化し、お約束事に満ちている。たとえば、〈抑圧されたもの〉の回帰、幼少期の〈トラウマ〉、〈不気味なもの〉の専制。もはや深みはない。あるのは表層のみ。こうした極めて今日的なゴシック的戯れを、本書は作家・作品・読者をめぐるサイコ・ミステリーとして見事に語っている。同時に、恐怖に内包される〈反撥と魅惑〉や分身が孕む〈自己と他者〉といった二律背反において、後者をよしとする現代の〈天邪鬼〉文化をも活写している。
この記事の中でご紹介した本
ジャック・オブ・スペード/河出書房新社
ジャック・オブ・スペード
著 者:ジョイス キャロル オーツ
翻訳者:栩木 玲子
出版社:河出書房新社
以下のオンライン書店でご購入できます
「ジャック・オブ・スペード」出版社のホームページはこちら
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