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”Letter to my son"
更新日:2018年11月23日 / 新聞掲載日:2018年11月23日(第3266号)

Letter to my son(18)

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(C)Eiki Mori Courtesy KEN NAKAHASHI


2000年の元旦。クラブで新年を祝い、花筏のように一面が紙吹雪で覆われたタイムズスクエアで、はしゃぎながら友人たちと写真を撮り合い、明け方帰宅した。玄関のドアを閉めた途端、まるで何十年振りに帰って来たような懐かしさに包まれる。前ミレニアム(と言っても昨日なのだけど)と、何ひとつ変わっていないこの家の空間とにおい、静けさに心底ほっとする。

眠る前に珈琲でも飲もうと(夢を見たい時のおまじない)、ケトルを火にかける。いつもの花瓶に生けてある“蛍光色”のチューリップをぼんやり眺める。「あ、そっか」。帰り際、友人にかけさせられた、2000の数字をかたどった蛍光ピンクのトイメガネ。ずっと外し忘れていたそれをテーブルに置いた瞬間、花瓶の近くでふわりと光が揺れた。薄暗いキッチンで真っ白なチューリップたちに照らされ、卓上でぼんやり輝く、船の形をしたアルミホイル。

その年の夏休みに滞在したマヨルカ島。Valldemossaという村の雑貨屋で、丸くて手のひらぐらいの大きさで、外側に細かいギザギザが入った灰皿を見つけ、迷わず詩人へのお土産にした。キッチンの窓辺のテーブルに置かれた琥珀色のそれは、太陽の光を浴びて、黄色く透き通ったさざ波をテーブルに描く。波は毎日のように眺めていたマヨルカの夕暮れの海へつながる。その眩しい海原にふわりと浮かぶ、可愛くゆがんだアルミホイルの船を想像し、僕は微笑む。

あの日、珈琲の香りにつられて起きてきた詩人は、僕の向かいに座り、吸殻の入ったアルミホイルの船を愛おしそうに動かしながら「この家には灰皿というものがなかったんだよ」と、他人事のように真顔で言った。それが妙に可笑しくて僕は笑ってしまう。そんなことはお構いなしに、その船はゆっくり大きく旋回を続け、しばらくして、青年が忘れていった煙草の隣で静かに止まった。
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