布施英利×港千尋 対談 ヒト(人間)はなぜ絵を描くのか 『洞窟壁画を旅して ヒトの絵画の四万年』( 論創社) 刊行記念 公開対談載録 (於・青山ブックセンター本店)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2018年11月23日 / 新聞掲載日:2018年11月23日(第3266号)

布施英利×港千尋 対談
ヒト(人間)はなぜ絵を描くのか
『洞窟壁画を旅して ヒトの絵画の四万年』( 論創社) 刊行記念 公開対談載録 (於・青山ブックセンター本店)

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第2回
□洞窟壁画と風景

布施 英利氏
布施 
 今回、『洞窟壁画を旅して』という本を出しましたが、そもそもは去年の夏に大学院で美術を専攻している息子とフランスの洞窟壁画を見る旅をしたことがきっかけではありますが、僕はそれ以前にもフランスのラスコー洞窟やスペインのアルタミラ洞窟などいくつか洞窟壁画のある場所に行ったことがありました。そこでほぼすべてに共通すると気づいたのが、洞窟壁画がある洞窟のロケーションでした。洞窟のある場所はほぼすべて風景が美しく、崇高、壮大で明らかに場所を選んでいる。インドで洞窟壁画を見たときにもそう思ったのですが、風水のようなものとは違うかもしれませんが、何か関係している。見晴らしの良い小高い丘や山の中腹にあって、その手前には川が流れて自然のトンネルがあったり、明らかに風景と洞窟が一体化していて、たとえていえば寺社仏閣の伽藍のような、そういうものの一つの起源、原型でもあるのではないかと感じました。港さんはこのたび『風景論』を出されましたが、そもそも港さんはフランスに長く住まれていろんな洞窟壁画を訪ねておられます。洞窟と風景との関係についてどのように思われますか?
港 
 風景との関係はかなり強いと思います。ショーヴェ洞窟もほかの小さい洞窟もそうですが、少し坂道を上って綺麗なカーブを描いた谷の奥の方とか、いま僕らが行っても居心地のいいところだなと思うようなところなんです。逆に変な感じのするところにはありません。ですから、もしかすると風水の起源はそこにあるのかもしれませんね。ただ、ショーヴェ洞窟はかなり特別で、その場所から動物たちがどこをどう通っていくのか、狩りをする人の目線からよく見える眺めのいい場所だったのかもしれません。
布施 
 例えば古代ギリシャのアポロン神殿のあったデルフォイなどは日常生活からかけ離れた山の上の方にあって、昔は行くだけでも相当大変な場所だったはずです。パルテノン神殿はアテネの街の中にありますが、市街を見渡す丘の上にあって、そこを見上げると空と大地の間にあってまるで宇宙と繋がれているような、絵に描かれるような風景で、風景を再発見させる効果みたいなものがあると思います。

人間にとって風景とは何かということについて、僕は藤原新也さんのエッセイを読んで教えられました。エッセイのタイトルは「42・195キロの旅」(『幻世』所収、講談社文庫)で、つまりフルマラソンの距離です。藤原さんがテレビでマラソンレースを観ているときの話なのですが、マラソン中継ですからカメラは四二・一九五キロのレースを追っていく。でも、藤原さんはそのマラソンランナーの向こう側にある風景を見てしまう。そうすると四二・一九五キロの旅になってそれが楽しいと。藤原さんは風景とは本質的にそういうものではないかと言っているんです。さらにもう一つ例を挙げているのですが、相撲取りの横綱が引退したときの話を藤原さんが引用されていて、その横綱が土俵の上から塩を撒いたときにふと客席を見たらお客さんが弁当を食べながら自分を見上げていた。その横綱はそれを見て「ああ、いいな」と思った。そのときにその横綱は引退を決意したというのです。つまり、その力士は風景を見てしまったんだと。言ってみれば人生の舞台の外側にあるのが風景で、風景を見るということは社会人として生きている上では結構危険なことで。しかし、もしかしたらそれは人間にとってものすごく大事なことなのかも知れない。ここでいう風景と港さんの『風景論』とどうリンクするかということなのですが、先史時代の狩人が動物の移動を見る、狩りのタイミングを計る、そういう日常の実用の場であると同時に、神なのか宇宙なのかそういうものと対話する場でもあって、風景とはそういうものなのだなと思ったんです。
港 
 一つ難しいのは三万五千年、四万年前の風景と今のショーヴェ洞窟のある場所の風景の違いです。当時の気候は今のシベリアくらいという説明がよくありますが、冬はもちろん凍りつきますし夏になるとやや高くなって気温が五度ぐらいになる。草と低い灌木くらいしかなくて非常に見通しが良かったはずです。そうするとこの時代の風景というのは何かというと、人間の方が少数派で圧倒的に動物の方が多くて力を持っていた。人間は見る存在ではなくむしろ見られる存在で、人間も動物の中の一員として自分を位置付けていたのではないか、そのくらい人口密度が低かったと思います。その時代の風景と藤原さんや僕らのような現代の写真家の風景というのはだいぶ違うかなという気がします。
布施 
 写真家繋がりでお話しすると、去年の夏、ラスコーやショーヴェの洞窟壁画を見に行って、秋くらいにふと家にあった星野道夫さんの写真集を開いてみたんです。そうしたら、星野さんの撮ったアラスカの風景と洞窟壁画に描かれている風景が瓜二つというか、今港さんが当時はシベリアくらいの気候だったとおっしゃいましたが、アラスカも気候的には同じようなところで、星野さんが何を考えてアラスカに行ったのかわかりませんが、ある直感に導かれて先史時代の洞窟壁画の風景を見に行ったのかなと思ったりしました。
港 
 布施さんが本で引用している星野さんの言葉ですが、
「この島に来るずっと以前から、僕は消えたひとつの草原を想い続けてきた。極北の草原だというのに、そこにはライオンがさまよっていた。草の茂みに潜むライオンの彼方には、砂埃を上げながらマンモスが通り過ぎてゆく……」(星野道夫著『イニュニック[生命] アラスカの原野を旅する』(新潮社)より)

これは布施さんが書かれている通りで、まさにショーヴェ洞窟に描かれている風景ですね。
布施 
 星野さん自身は、洞窟壁画に興味を持ったというようなことは書いていないと思うのですが、人間の原風景ですよね。縄文以降一万年、五〇〇〇年と言いますが、洞窟壁画というのは二万年、三万年という長い時間の中で培われたわれわれの文化のベースにあるもので、ほぼ意識していないのですが、その上に乗っかって生きているということがある。星野道夫さんともなれば、直感みたいなものでそこに行ってしまうのかなと思ったのですが。
港 
 僕は星野さんの本が大好きで随分読みましたけれど、たぶん星野さんは写真の限界というものを一番よく知っていた人なんじゃないかと思うんです。たとえばキャンプで焚き火をすると焚き火の炎と火花が煙と一緒に夕闇に立ち上っていく。ふと見上げるとそれが火花ではなく星なんです。つまり火花を追っていくと星が見えた。その感覚が写真では表現できない。星野さんはそういう夜を何年も過ごした人ですから、このくらいのヴィジョンは持つのではないでしょうか。
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この記事の中でご紹介した本
洞窟壁画を旅して ヒトの絵画の四万年/論創社
洞窟壁画を旅して ヒトの絵画の四万年
著 者:布施 英利
出版社:論創社
以下のオンライン書店でご購入できます
「洞窟壁画を旅して ヒトの絵画の四万年」出版社のホームページはこちら
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