布施英利×港千尋 対談 ヒト(人間)はなぜ絵を描くのか 『洞窟壁画を旅して ヒトの絵画の四万年』( 論創社) 刊行記念 公開対談載録 (於・青山ブックセンター本店)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2018年11月23日 / 新聞掲載日:2018年11月23日(第3266号)

布施英利×港千尋 対談
ヒト(人間)はなぜ絵を描くのか
『洞窟壁画を旅して ヒトの絵画の四万年』( 論創社) 刊行記念 公開対談載録 (於・青山ブックセンター本店)

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第3回
□絵画の起源 個体発生と系統発生

布施 英利氏
布施 
 もう一つ、洞窟の中の絵自体、絵画の起源についてお話したいのですが、ネアンデルタール人が二〇万年〜三〇万年前からいて、クロマニヨン人が 四万年〜五万年前に出てくる。そのクロマニヨン人が出てきた頃に絵画が描かれた理由なのですが、僕の先生は解剖学者の養老孟司先生で、養老先生と話していると「われわれ」という言葉がよく出てくる。あるとき、「われわれ」というのは私と先生なのか、あるいは日本人のことなのか、今現代に生きている人なのかと訊いたら養老先生は「クロマニヨン人以降」だと仰った(笑)。そういう四万年〜五万年前という視点から見たときに何が起こったかというと、絵画が描かれた。それ以前はこの地球上には絵画というものは全くなかった。ネアンデルタール人がそれらしきものを書いたかもしれませんが、少なくともほぼなかったわけです。では、一体そこで何が起こったのか。

一つは解剖学的に人体の構造が変わり絵画というものを描く準備が出来たということがあると思います。それから、先ほど、洞窟壁画は壁面の立体感を利用しているという港さんのお話がありましたが、もう一つはひび割れの線を利用して絵を描くということがあります。実際に描かれた絵を例に見てみると、ショーヴェ洞窟の熊の絵では壁のひび割れ部分を利用していて、ある角度から光を当てると段差があるところに黒い線、影が出来てここに熊の顔が浮かび上がる。目があって耳があって鼻と口があるように見える。これは完全に自然の造形ですが、これを見たときに熊の全身として足りないところにある線を引くと全身が描けるわけです。それこそ美大のテストではないけれど、この課題を与えてどれだけ熊の全身をバランスよく描けるかというと、かなり技術が必要になります。持って生まれた絵の才能もありますが、それだけでなくデッサンのトレーニングをかなり積んだ人でないと、一本の線の中に塊や量感を描けない。絵を描く能力の一つに、世界の断片を見つけてそこにないものを見出すということがありますが、さらに光の当たる角度を変えるとそこで描いた線を使ってもう一匹違う動物が描かれている。

チンパンジーに絵を描かせるという研究をされている齋藤亜矢さんという研究者がいて、片目がないチンパンジーの顔を描いてそこに片目を補って描かせるという実験をやったところ、どうもチンパンジーは描かないようです。ところが、人間の幼稚園児くらいの子どもに同じ課題を出すとお目々がないと言って目を描き入れる。この、ないものを見る能力というのが人間にはあって、これがいつから始まったものなのか。これは絵画の起源の話ですが、ドイツの生物学者エルンスト・ヘッケルは、個体発生(個々の動物の発生過程)は系統発生(動物の進化の過程)を繰り返すという反復説を唱えていますが、その原理に則って考えてみると、個体発生でヒトが生まれて初めて絵を描くのがどういうときなのか。本書にも書きましたが、僕は息子が生まれて初めて絵を書いた瞬間を記録していて、殴り書きをしていた息子があるとき、ある形を描いて父親の方を見てアイチュ(アイス)と言ったんです。このとき一体何が起こったのか。実は絵を描くのに必要なものとして、まず言葉があったんです。普通、言葉と絵というとまず絵が描けるようになってそれから言葉が出てくると考えがちなのですが、少なくとも息子の誕生から成長する過程を見ていたときには、まず言葉があって次に絵があった。その次に書き言葉を覚える、こういう順番であった。それから、もう一つ別のことで覚えているのは、僕は趣味でダイビングをやっているのですが、ダイビングをするときには足にフィンを装着します。子どもはそれを覚えていて、足を指差してピン(フィン)と言ったんです。つまり、彼にはそこにないものが見えていた。フィンというイメージがあってそれが言葉になり、そして絵になる。そういう段階だったんだろうと思います。そうすると絵画の起源、絵を描くというのはどういうことかというと、まずイマジネーションがあったということです。絵を描くには、イメージを現実と同じものと捉える能力が必要で、そして、そういう脳が出来てきたのがクロマニヨン人以降なのではないかと思ったんです。
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この記事の中でご紹介した本
洞窟壁画を旅して ヒトの絵画の四万年/論創社
洞窟壁画を旅して ヒトの絵画の四万年
著 者:布施 英利
出版社:論創社
以下のオンライン書店でご購入できます
「洞窟壁画を旅して ヒトの絵画の四万年」出版社のホームページはこちら
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