マンゴーと手榴弾  生活史の理論 書評|岸 政彦(勁草書房)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年11月24日 / 新聞掲載日:2018年11月23日(第3266号)

生活史調査の意義
語りをどう研究の中に位置づけるのか

マンゴーと手榴弾  生活史の理論
著 者:岸 政彦
出版社:勁草書房
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タイトルから、著者が長らく沖縄でおこなっている生活史調査に基づいた「沖縄研究」を想像していたが、全体を通して、社会調査に関するテキストにふさわしい、自身が宣言している通りの「生活史調査の方法論と理論」に関する本であった。ほぼ各章に、彼自身が聞き取った語りが掲載されており、それらの実例をもとに、語りをどう研究の中に位置づけるのかということが丹念に論じられている。

著者は、語られた内容を「語りのなかではすべてが実在している」として扱う「約束としての実在論」に基づき、社会の構造や歴史に位置づけることに、生活史調査の意義を見ている。その「語り」は、「思い込みや勘違い、虚偽や誇張が含まれるかもしれない」が、「そこで語られている人生の物語は『全体的には真』である」。

そして、この立場から彼が批判するのは、「語り手が『何を語ったか』ではなく、『いかに語ったのか』を重視する」対話的構築主義である。対話的構築主義が、「語りを現実の社会から分離し、そしてその語りを引用文として扱いその鉤括弧をつけたままにしたこと」、そして、そうすることによって「事実性」へと至る回路を閉ざしてしまったことを、著者は批判し、「鉤括弧を外す」ことを求める。

その議論も興味深く読んだが、私自身が最近考えていたことと重なるがゆえに、最も関心を持ったのは、社会調査の「正しさ」の構築に関する論であった。著者は、質的調査が「介入」によって「正しさ」を得ていくことを、自らの調査経験に基づいて論じる。ここで言う「介入」とは、聞き取りに協力した人が書き起こされた自身の語りの修正を求めることも含め、当事者、研究者、関係者、行政、メディアなど「調査のネットワーク」の中で調査内容に対して起こる相互介入のことだ。 

私は文化人類学者として調査をする側でもあるが、ゲイ・アクティビストとして活動してきた者として調査の対象となることも少なくない。その中で、私の発言意図や、私が中心的に関わった活動の背景や影響などに関する研究者の分析、解釈が「間違っている」と思うことが何度かあった。研究成果として送っていただいたものに対しては、そのことを伝えたが、そうでないものへは伝えていない。わざわざそう言うことの心理的負担を避けたかったこととともに、「間違っている」と言うことへの逡巡があったことが、その理由だ。その逡巡とは、私が研究者として、「それはその研究者の解釈」と「理解」できてしまうことによる。しかし、それでも、異議を唱えるのは必要なことかもしれないと、この議論を読み思った。とはいえ、違うと伝えたところで、何がどうなれば、一旦世に出されたものが修正されたと言えるのか、ということも頭を過ぎる。いずれにせよ、この「介入」の意味とありかたは、今後、質的調査研究に関わる人たちの中でさらに思考され深められていく必要があるだろう。

ほか、量的調査も、質的調査の「介入」と同じように「調整」が必要だとする理論は、量的調査の現場の経験に基づき示され、説得力があり、調査に関わる人には必読の内容だ。

このような調査論の一方で、随所に登場する著者が聞き取った生活史の一部や、彼が「聞き取り調査の一部である」とする、聞き取りの前後のやりとり、そのときの著者の思いは、社会学や生活史になじみのない人にも興味深く読めるものとなっている。 

沖縄出身の私は、著者が沖縄で聞き取り書かれた語りを読みながら、自分が沖縄の中で幼いころから様々な場面で見聞きしたことを思い出していた。そしてまた、もし私が聞き取ったらどういう風に呼びかけられ、語られるのだろうか、私はその中の何を印象的なこととして拾い上げるだろうかと想像したりもした。そう想像しながら、実は、読者は、著者が聞き取った語りとともに、その聞き取りで生じた感情や思考をめぐる著者の語りを聞いているのだと思った。そういう意味で、読者は、「生活史の聞き取り調査のあいだに流れる時間は、そのとき『実際に』流れている」ことを、もう一つ実感するのだろう。そして、それを可能にする巧みな筆致が、彼の書くものが多くの人を惹きつける理由なのだとあらためて思った。
この記事の中でご紹介した本
マンゴーと手榴弾  生活史の理論 /勁草書房
マンゴーと手榴弾  生活史の理論
著 者:岸 政彦
出版社:勁草書房
以下のオンライン書店でご購入できます
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