希望の歴史学 藤間生大著作論集 書評|藤間 生大( ぺりかん社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2018年11月24日 / 新聞掲載日:2018年11月23日(第3266号)

いまもなお考え続ける百五歳の歴史家
古代の終末とそれを超えるメカニクスの意義とは

希望の歴史学 藤間生大著作論集
著 者:藤間 生大
編集者:磯前 順一、山本 昭宏
出版社: ぺりかん社
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藤間生大氏といえば石母田正氏らとともに戦中戦後初期のマルクス主義歴史学を牽引した人物である。『日本古代国家』をはじめとする数々の著作を通じて天皇制を徹底的に相対化し、一九五一年の歴史学研究会大会では民族論で激しい議論をよんだ。石母田とともに展開した英雄時代論は、民族論の未完の結晶である。しかし、現実の民族独立路線が挫折するなかで議論は急速に沈静化し、入れ替わるように実証史学が進展を遂げていく。藤間はここで近代朝鮮詩と出会い、東アジアに視線を転じた。そして六〇年代以降、独自の東アジア世界論を構想し、近代にいたる歴史を総合的にとらえる重要性を自らの研究で示していく。『東アジア世界の形成』(春秋社)以下の一連の著作がそれである。

氏の学問をまとめるならこういう具合になろうが、それでは学史の上辺をなぞったに過ぎない。八十年にもおよぶ彼の学的な歩みと意義はどこにあるのか。無知と不勉強を晒すようで恐縮だが、私自身氏の著作を熟読した記憶はなく、勝手に過去のものにしていた。その手の学界においても、議論の場で名前が挙がることは稀であったと思う。しかし、そこには忘却すべからざる問題が息づいている。日本古代史から発して東アジア近代史におよんだ藤間の今日的な意味とは何か。現在、齢百五歳の歴史学者が今なお「考え続けている」という、古代の終末とそれを超えるメカニクスの意義とは。藤間の著作と彼自身の人生を題材として、これらを真正面から見据えようとしたのが本書である。

本書は二部構成。第一部は「日本史・東アジア史・世界史について語る」と題したインタビューの再録である。熊本学園大学(熊本商科大学)の元同僚たちが寄せた忌憚のない質問に答える形式であり、彼の思考がよくわかる。第二部が本書の中心となる論攷編。短文から本格論文までの七本を「敗北から学ぶ」「「国家と民族」論」「東アジアの終末論」の三つのカテゴリに収める。議論を呼んだ五一年の歴研報告「古代における民族の問題」に続けて、石母田正『歴史と民族の発見』平凡社版(二〇〇三年)に附された解説「五〇年の歳月を経て」を収めるところに構成の妙がある。五十年後の藤間が当時の民族論を振り返っている。

五〇年代の民族論は国民的歴史学運動と不可分で、政治的な文脈においても激しい対立を引き起こした。しかし、論文は文脈を越えてそれ自体で読まれてもよい。藤間のいう民族は、共通の心理状態を基礎に生じた歴史的な共同体としての民族(体)であった。それは失われた、容易に実体化し得ない存在をいう概念でもあって、その概念化を通じて近代的な国民・民族を照らすことができる。氏の議論は安易な民族主義批判では済ませられず、今なお問題提起としての意味を失っていない。

東アジア世界への視線にも根底に民族論があり、国際関係のなかで形づくられていく集団と主体性の問題が彼を駆り立てている。終末論もまた同様であるが、そこにはかつて盟友の石母田が『中世的世界の形成』において描いた、頽廃したまま終わった古代がいかに乗り越えられるのかという問題意識がある。敗北した古代を注視し、そこに生じる希望を見出したいのだ。時代は異なるが、英雄時代論において早産した民族論を宗教的な問題を通じて論じ直そうとしているようにも思える。

この仕事はなお途上にあり、藤間はいまも考え続けているという。他人の言葉ではなく、自ら一から鍛え、築き上げてきた議論がそこにある。思想信条とは別次元のところで、その学的営みには心から敬服せざるを得ない。

なお、本書には編者の磯前・山本両氏による総数一二七ページ、原稿用紙四〇〇枚を優に超える「解説」がある。戦中戦後歴史学の歩みを膨大な関係論文・資料を引きながら論じたその内容は、藤間氏を主軸にすえることで細部に具体性を持たせながら全体を俯瞰した出色の出来で、この時期の学史を語る上での必読文献となるだろう。
この記事の中でご紹介した本
希望の歴史学 藤間生大著作論集/ ぺりかん社
希望の歴史学 藤間生大著作論集
著 者:藤間 生大
編集者:磯前 順一、山本 昭宏
出版社: ぺりかん社
以下のオンライン書店でご購入できます
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