河川漁撈の環境民俗学 書評|伊藤 廣之(和泉書院)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
マイページで記事のブックマーク!
ログイン
マイページ登録

トップページ

特集

書評

連載

コラム

ニュース

読書人とは マイページ

読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年11月24日 / 新聞掲載日:2018年11月23日(第3266号)

「人の生」を重視した貴重な研究
地元に密着した丹念なフィールドワーク

河川漁撈の環境民俗学
著 者:伊藤 廣之
出版社:和泉書院
このエントリーをはてなブックマークに追加
「淀川に川漁師っていたんですね」。本書は、著者が何度も耳にしたというこの言葉から始まっている。大都市大阪のすぐ北側を流れる大河川淀川。大阪市のみならず、大阪府北部の人にとってはなじみのある川である。しかし現在では、土手や河川敷で遊んだり、夏の花火大会を見ることが中心かもしれない。淀川の魚を捕る川漁師が大勢いたことや、淀川の魚を食べる習慣があったことなどを想起するのは年配の方々だけであろうか。

大阪歴史博物館(旧大阪市立博物館)で長年勤務してきた著者は、地元に密着した丹念なフィールドワークを継続し、手つかずであった淀川における河川漁撈の姿を生き生きと描き出している。しかも、大正生まれの川漁師からの聞き取りは、今となっては調査することができない内容を含んでおり、貴重である。

本書は三部構成をとっている。第一部において、これまでの河川漁撈研究および、環境民俗学の視点・研究方法を整理し、第二部で、淀川における河川漁撈の具体的な事例を紹介したうえで、第三部において、淀川における漁撈技術と川漁師の世界観を描き出している。このうち、具体的な川漁師からの聞き取りを示しながら、具体的な河川漁撈の実態を描き出しているのは第二部である。この第二部の迫力に圧倒されるのは、民俗研究者だけではないであろう。以下、第二部の魅力を少し紹介してみたい。

一般的に淀川とは、宇治川・桂川・木津川が合流して大阪湾に注ぐまでの流れを呼んでいる。河口から約一〇キロメートル上流に長柄可動堰があり、三川合流地点から長柄の可動堰までが淡水域、可動堰下流が汽水域となっている。つまり、可動堰より上流には海水が入らない。当然、生息する魚、魚の動きが異なり、それによって漁師の漁撈活動にも違いが生じる。本書では、淡水域の川漁師Mさん、淡水域から汽水域へ漁場を移したAさん、汽水域のなかでも淀川河口域で漁をしてきたTさん。この三人を中心に河川漁撈の具体例が紹介される。

Mさんは、コイ・フナ・ウナギ・モクズガニなどを捕ってきた川漁師である。漁法としてはアミウチ・モンドリ漁・簀建て漁などがあった。著者はМさんから、セシタやヨコアナと呼ばれる「秘密の漁場」の存在を教えられ、魚が多い場所を「ウチのゲブツ(私の家の米櫃)」という語りを聞いている。大量に漁獲できる大切な漁場を米櫃とする捉え方は、他の河川や海の漁撈にもみられるという。また、若いころ父親に「魚のことは魚に聞け」と言われた、というМさんの語りを紹介している。この言葉を受けて、第三部では川漁師が自分たちと魚を並立した対等な関係のなかで捉えようとしていた、と著者は指摘する。

このほか、第二部では汽水域においてウナギ漁などをおこなってきたAさんとTさんが紹介される。淀川のウナギ漁は、樒の枝を束ねたシバや、節を抜いた竹筒を水中に沈めておき、シバや竹筒にもぐりこんだウナギを捕るものであった。Aさんは塩分濃度や潮の干満を見ながらウナギ漁をおこなってきたが、河口付近で漁をしてきたTさんにはそうした自然認識はないという。このように、同じ汽水域でも河口付近と少し上流では差異があることを指摘している。また、Aさんからは、淀川の水質汚濁の悪化によって漁場を移した川漁師の漁撈戦略を読み取っている。

このように、第二部だけでも本書の価値は大きい。しかし本書は、漁撈習俗を淡々と叙述した民俗誌にとどまっていない。タイトルにも表れているように、環境民俗学の視点に立っていることが大きな特徴である。淀川の漁撈技術を内水面漁撈のなかで相対的に位置付けており、漁師と魚介類、漁師と漁場、漁師の他の漁師の関係性を検討し、自然観・漁場観・漁撈戦略・生き方など、広い意味での世界観の一端を浮かび上がらせている。本書は、これまでの河川漁撈研究では十分ではなかった「人の生」を重視した河川漁撈研究を提示している。
この記事の中でご紹介した本
河川漁撈の環境民俗学/和泉書院
河川漁撈の環境民俗学
著 者:伊藤 廣之
出版社:和泉書院
以下のオンライン書店でご購入できます
「河川漁撈の環境民俗学」出版社のホームページはこちら
このエントリーをはてなブックマークに追加
読書人紙面掲載 書評のその他の記事
読書人紙面掲載 書評をもっと見る >
学問・人文 > 民俗学・人類学関連記事
民俗学・人類学の関連記事をもっと見る >