未来を耕す農的社会 書評|蔦谷 栄一(創森社 )|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年11月24日 / 新聞掲載日:2018年11月23日(第3266号)

立ち止まって考えるために
本書のキーワードは「農的社会」

未来を耕す農的社会
著 者:蔦谷 栄一
出版社:創森社
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人間はもちろん、生き物はすべて太陽と土と水なくしては存在することはできない。すべては太陽と土と水の恵みによって生かされている」。自明のことだが、「人間は自らの力で生きていると錯覚し、人間自らの力で生きていくことができるとの幻想に取りつかれている」。「このきわめて簡明な事実、基本が無視され、忘れられていることが、生きにくい社会、管理社会、格差社会、分断社会を招いている」。

この考えが著者の問題意識の根幹だ。著者は長いこと農林漁業関係の金融機関である農林中央金庫に在職。そのシンクタンクである農中総研で現場を歩きつつ論文を書き、自らも山梨で土日百姓を続けてきた。その到達点が本書である。では私たちはどうするか。

GDP信仰に象徴される工業原理に未来はなく、改めて生命原理に戻る。そのためには生命に触れ、育てていく体験・経験が欠かせないとし、農業者と都市住民・消費者とが交流し、生命原理を最優先する「農的社会」を創り上げていくことでしか未来は拓かれない、と著者は主張する。「農的社会」が本書のキーワードだ。全七章から成る。

本書の眼目は、第六章(農のある場を足もとからひらく)、第七章(農的社会への多様な仕組みづくり)の、農的社会論と農的社会をいかに創造していくかにある。まず、第一章(地域があるから食と農が維持できる)、第二章(内外で再評価される小規模・家族農業)で、農的社会に対応した日本農業のあり方を述べる。そして、これまでの経済学が産業としての農業をどう位置付けてきたのかを整理し、経済学と農業、自然との関係を問い直していくという第三章につなぐ。

それを受けて著者は、世直し、農業再興のためには地域コミュニティの再生が不可欠とし、江戸時代までさかのぼって協同について考察したのが第四章(あらためて問い直す協同の源流と本質)だ。第五章のキューバ論は補論。

農村の現場に住み、稲やサツマイモを食い荒らすイノシシの跋扈と、その裏返しの耕作放棄地の増大を見ている私にとって、「基本は家族経営による地域農業だ」と説く本書は一縷の光明。その通りだと肯き、農業を軽視する政治や経済界の声高な農業バッシングにあきれ果てどうしたらいいのかが見通せない私には、力強い援軍だと受け止めている。

私が本書を手にして最初に目を通したのは第三章の「経済学における農業の位置をめぐって」。経済学は本来「経世済民」の学だった。しかし今日の本流は、経済成長、所得増大を柱にした成長主義。政治をリードする暴走した経済学は「今だけ、カネだけ、自分だけ」という社会の風潮を後押ししている。

著者は本章で、価値増殖の主役は人間ではなく太陽と土と水と考え、「唯一富を生産する農業」と考えたフランソワ・ケネーや、自然の秩序から農業を重視したアダム・スミスの論説を紹介している。さらにカール・マルクス、近代経済学などに続いて、「社会的共通資本」という概念を導入した宇沢弘文を取り上げ、高く評価している。

私たちの生存に欠かせない食と農。しかし日常の暮らしの中では、その大事なことを忘れがちな私たち。本書は、私たちが立ち止まって考えるための良書だ。
この記事の中でご紹介した本
未来を耕す農的社会/創森社
未来を耕す農的社会
著 者:蔦谷 栄一
出版社:創森社
以下のオンライン書店でご購入できます
「未来を耕す農的社会」出版社のホームページはこちら
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