今中哲二氏インタビュー〈飯舘村長泥地区をフレコンバックの最終処分場にするな〉(聞き手=佐藤嘉幸)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2018年11月23日 / 新聞掲載日:2018年11月23日(第3266号)

今中哲二氏インタビュー〈飯舘村長泥地区をフレコンバックの最終処分場にするな〉(聞き手=佐藤嘉幸)

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福島第一原発事故から七年半以上が経過したが、強制避難者の賠償問題も含めて、未だ問題はまったく解決していない。福島第一原発事故直後から飯舘村で放射能汚染状況の調査を続けている今中哲二氏に、飯舘村の現状についてお話を伺った(聞き手=佐藤嘉幸)。紙面では主に、ADR(原子力損害賠償紛争解決センター)と、長泥地区の「除去土壌汚染再利用実証事業」をめぐる議論を掲載する。近日、「読書人ウエブ」に、飯舘村の汚染調査、飯舘村民との共同作業、「トリチウム水」の処理問題に関する議論を含む全文を掲載する予定である。(編集部)
第1回
ADR(原子力損害賠償紛争 解決センター)をめぐって

今中 哲二氏
佐藤 
 飯舘村民三千人以上が東京電力に損害賠償を求めたADRについて伺います。ADRの結論として、一〇ミリシーベルト以上初期被曝した人に東京電力が一五万円の賠償金を支払う、という調停案が出ました。しかし、東京電力側が調停の受け入れを拒否したために、初期被曝についての調停は打ち切りになってしまった。今中先生や、日本大学の糸長浩司さんらが中心になって運営されている飯舘村放射能エコロジー研究会(IISORA)が今年二月に福島でシンポジウムを開かれましたが(「原発事故から七年、不条理と闘い生きる思いを語る」、二〇一八年二月一八日、福島県青少年会館)、そこで配布された資料の中に、東京電力とADRと原告の間でやりとりされた書面がすべて載っていました(IISORAホームページ[http://iitate-sora.net/]の「福島シンポジウム2018」で「当日の配布資料」として公開されている)。それを読ませていただいて非常に驚いたのですが、東京電力は、一〇〇ミリシーベルトが健康に影響を与える「しきい値」である以上、一〇ミリシーベルトの被曝は微々たるものであり、一〇ミリシーベルトでは健康影響は存在しないのだから、初期被曝についてはまったく補償するに値しない、という回答を出している。この回答について科学者としてどうお考えですか。
今中 
 そこは専門家によって意見は違いますけれども、一般的には、一〇ミリシーベルトは急性の障害が出るような被曝でないことは確かです。しかし、たとえそうであっても、余計な被曝をすることによって、後々ガンなどの病気にかかる可能性がある。その可能性が上乗せされるということです。
佐藤 
 原発労働者だと、五ミリシーベルト以上の被曝で、健康影響に対して労災が認定されていますね。それに比べて、一〇ミリシーベルトは高い値です。
今中 
 そもそも「しきい値は一〇〇ミリシーベルトにある」という論理を使うこと自体、不勉強なんです。あの数字は、広島、長崎の被爆者追跡調査を元にして求められたデータです。そこでの被曝線量とその影響を見てみると、有意な関係が見られるのが一〇〇ミリシーベルト以上であり、それ以下では健康被害は認められない、と東京電力側は言っている。ただ私も、広島、長崎の被曝量評価をずっとやってきていますけれども、元々あの集団で、低い被曝量における細かい話をするのは無理なんですね。広島、長崎では、お年寄りから若い人まで大勢被曝しており、五〇年間ずっと追跡調整したと言うけれども、この間、原爆の被曝以外に、自然被曝、医療被曝も含めて、多くの被曝を受けている。だから、五〇ミリとか一〇〇ミリといった数値できれいにわけられるものではない。それが私の第一印象です。

また、あの調査計画がデザインされた一九五五年当時、低い被曝線量に至るまできちんと調べようという気などさらさらなかった。原爆による放射線被曝は、爆心地から二〇〇〇メートルぐらいまでしか考えられていなかったので、最初はそれ以上離れた場所については、放射線被曝は「ゼロ」として考えるぐらいの感じだった。だから調査対象は、一〇〇〇メートル以内、一五〇〇メートル以内、二〇〇〇メートル以内という大ざっぱな区分で計画された。そうした調査であり、「しきい値=一〇〇ミリシーベルト」というのは、被曝量評価のクオリティが高くない集団の中での話であるわけです。最近の調査の方が被曝量の不確かさが小さい。原子力産業労働者や、CTを浴びた子どもたちのフォローアップでは、被曝線量による効果という点ではより明確な数字が出ており、一〇〇ミリシーベルト以下でも被曝影響があることが証明されている。ADRの回答などを見ていると、「しきい値=一〇〇ミリシーベルト」という言葉だけがひとり歩きしているように思います。専門家にしても、工学系の人は、最近の調査をほとんど読んでいないから、医学生物系の専門家の言ったことの受け売りだし、医学生物系も不勉強か、もしくは「御用の精神」に富んでいるか、どちらかです。
佐藤 
 東京電力側はそうして、あまり信頼性のないデータを意図的に使っている。
今中 
 ICRP(国際放射線防護委員会)が、一般の人の年間被曝線量(自然界からの被曝や医療被曝を除く)を一ミリシーベルト以下に抑えた方がいいという勧告を出したのには、それなりの根拠があるんですね。この数値は歴史的にどんどん下げられてきて、一九八五年には、年間五ミリから一ミリシーベルトにまで下げられた。ICRPの基本は、被曝線量とリスクの関係についての「直線・閾値なし説」で、つまり低線量被曝にもそれなりに害があるという考え方です。年間一ミリシーベルトでもそれなりにリスクはあるが、原子力を利用する社会ではそれくらいはみんなガマンしましょうという考え方です。

    *
佐藤 
 医療被曝であれば、病気の診断というベネフィットがあるのかもしれませんが、福島第一原発事故の場合、やはり「余計な被曝」になりますね。住民たちは、まったく不必要な被曝をさせられた挙句に、それに対する補償も事故企業=公害原因企業から拒否されるとすれば、これは倫理的に考えておかしい。東京電力側は、事故企業=公害原因企業でもあるにもかかわらず、ADRの書面を見ると、初期被曝を賠償する気はなく、完全に開き直っている。
今中 
 あの書面は、専門的なことについてほとんど何も知らない弁護士が書いていますからね。
佐藤 
 ただ弁護士としては、一〇〇ミリシーベルトがしきい値だという説がある限り、それを使って、何とか賠償をゼロにしてやろうと考えますね。
今中 
 それは言葉上のロジックだけの話ですよ。私もADRで証言しました。その時に東京電力の弁護士から、反対尋問のかたちで質問されたんですが、「今中先生の作成された図は、目盛りがおかしい」と言われたことがあります。彼の言っていることが、最初よく理解できなかったんですが、簡単な話で、その弁護士は、対数を理解できていなかった。唖然としました。結局、ブレーンもいないんですよ。東京電力は、そういう弁護士をいっぱい抱えているんだと思います。サイエンスをきちんと理解できる専門家がいないから、そういった馬鹿げたことで突っ込んでくる。
佐藤 
 そうした初歩的なことすらわかっていない弁護士が、「一〇〇ミリシーベルトしきい値説」を楯に反論してくる。呆れ果てるしかないですね。
今中 
 ADRもそうだけれど、裁判というのは方便の世界であって、サイエンスの世界ではありませんから。
佐藤 
 「一〇〇ミリシーベルトしきい値説」を盾にして、それ以下では健康被害はないという印象を与えれば勝ちだと思っている、ということですね。本当に科学的であるかどうかは関係がない。
今中 
 だから、調停役の弁護士さんは、私の意見の方をもっともだと考えたのでしょう。一〇ミリシーベルトぐらいに基準を設けると判断したんだと思います。
佐藤 
 そうした経緯で、今中先生はADRを説得できたけれど、東京電力の態度はまったく改まらない。現状を見ていると、ADRというシステム自体に問題があるのではないかと考えざるを得ません。結局ADRが調停案を示しても、何の法的拘束力もありませんから、事故企業=公害原因企業が開き直ったらそれで終りです。
今中 
 住民も、ADRでけりがつくと思ってやっていたのに、調停案が出ても解決しない。そうなると裁判に訴えるしかない。しかし、裁判に持っていくまでに住民を疲れさせてしまう役割をADRが果たしている。逆にADRがなかったら、もっとすんなりと裁判までいけたのかもしれません。
佐藤 
 ADRには、飯舘村の住民の半分ぐらいの方が入っていますね。三千人以上という大きな人数です。それだけの人数で訴えても、賠償の問題はまったく解決しない。あるいは、それだけの人数で訴えられると、あまりにも賠償金の総額が高くなってしまうので、東京電力は調停案を受け入れない。いずれにせよ、ADRの調停案には法的拘束力がなく、そのために調停が実現されないわけですから、システムとしてはまったく意味がない、ということが露呈してしまった。
今中 
 ええ。私もADRについての歴史的経緯はよく知らないけれども、印象としては同じです。一体何のための制度なのか、としか思えない。
佐藤 
 東京電力側が出している書面を見て、もう一つ驚いたことがあります。東京電力は次のように主張しています。村民は初期被曝したと主張しているが、原発事故後の二〇一一年四月、政府は飯舘村を計画的避難区域に指定し、「おおむね一ヶ月をめどに避難するように」と指示を出した。それにもかかわらず、一ヶ月を超えて村に残った場合の被曝は、住民自らの責任である、と。しかし、東京電力は事故企業=公害原因企業である以上、こんなことを堂々と主張できる立場にあるとは到底思えません。放射能汚染をまき散らした挙句に、避難しなかったのは自己責任だと言っているわけですから。そうしたことも含めて、東京電力には、ADRの調停案に法的拘束力がない以上、踏み倒せる賠償は踏み倒していこう、という意図があるように私には思えました。この点については、飯舘村ADRを担当されている只野靖弁護士に、今後話を伺う予定になっています。
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