ヒトラーの家 独裁者の私生活はいかに演出されたか 書評|デスピナ ストラティガコス(作品社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年11月24日 / 新聞掲載日:2018年11月23日(第3266号)

ヒトラーの家 独裁者の私生活はいかに演出されたか 書評
贅沢な内容の詰まった一冊
室内に独裁者の内面(インテリア)を語らせる

ヒトラーの家 独裁者の私生活はいかに演出されたか
著 者:デスピナ ストラティガコス
出版社:作品社
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ヒトラーの建築について、これほど魅力的に語られた本はこれまでなかった。一気に読んでしまうにはもったいないという気分になるほどに贅沢な内容の詰まった一冊である。

ヒトラーが建築をプロパガンダにしたことはよく知られている。その多くは、アルベルト・シュペーアによる新古典主義の壮麗な公的建築についてであった。本書では公的建築ではなく、ヒトラーの生活空間のデザインが主題になっている。

家という容れ物は、そこに住む者の刻印を帯びているとヴァルター・ベンヤミンは指摘している。してみれば、ヒトラーがどのような家に住んでいたのか、ぜひ知りたくなるではないか。ヒトラーの意向を受け、そのデザインを手がけたのは、建築家のパウル・トローストとパウルの亡き後を引き継いだ、妻のインテリアデザイナー、ゲルディである。

トロースト夫妻の活動はこれまでほとんど語られることがなかった。詳細な建築図面。それを推し進めたゲルディの恐ろしくも異様に思える人物像。そこに住まうヒトラーの穏やかな名士的なイメージ戦略(プロパガンダ)。それが人々、とりわけイギリスやアメリカの人々にどのように受け取られたのか。そして、ヒトラー亡き後の戦後、その住まいを破壊するか残すのかといった議論まで、膨大な資料を駆使して検証していく。

ヒトラーには三つの住まいがあった。なかでもアルプスのオーバーザルツベルクの山荘(ベルクホーフ)は、ヒトラーの愛した重要な住まいであった。「ベルクホーフ」は、地域の伝統的デザインと新古典的なスタイルを混在させた、いかにも居心地の良さそうな住まいにデザインされた。それは穏やかな田舎の趣味の良い「善良な生活者」のイメージを表象するものとなった。イギリスの雑誌「ホームズ・アンド・ガーデン」など女性雑誌に掲載され、「素敵なインテリア」そして理想の生活のイメージを振りまいた。著者は、その演出こそが人知れずプロパガンダになっていたことを明らかにしていく。

家は住み手の内面(インテリア)を表象する。「穏やかな紳士」のイメージを住まいによって演出した、ゲルディとヒトラーとの共同作業によるインテリアデザインは、たしかにプロパガンダとして見事である。狂気のアジテーションをするヒトラー。しかし、住まいの写真を見た各国の政治家そして市民は、ヒトラーが穏やかな市民だと感じて安心する。

だが、このインテリアは、ヒトラー自身の好みでもあったはずだ。演出によって装った人物は、はたして本当の人物との区別はつくのだろうか。演出した人物こそが本質的にその人物そのものでしかないのではないか。ベルクホーフの住まいは、偽りなくヒトラー好みであった。本書からは、そうしたインテリアの持つ意味が立ち上がってくる。

ベルクホーフは、増築をかさね巨大な住まい(要塞)となっていく。各国の要人が招かれ、外交の場にもなる。愛人のエーファ・ブラウンの部屋はヒトラーの隣室に設けられている。掲載された図面で、どういう関係にあったのかがわかる。読者には読み取ってもらいたい。文章と図面をあわせて読み取ると、想像は広がっていく。それも本書の魅力だ。

ナチ陥落とともにベルクホーフも爆破される。銀器や家具を米兵や民衆が略奪していく。したがって、歴史的資料としてのヒトラーの生活用品は散逸してしまう。戦後、ベルクホーフをすべて破壊するか残すべきかが議論される。残すことへの批判は、それが「聖地化」されるということだった。結局それは破壊され撤去される。戦争やテロなどにかかわる犯罪的な人物や組織の構築物を、人々の記憶から消し去ることが良いのかどうかといった解きがたい問題がある。最終章ではそれを問いかけている。「ヒトラーの住まい」から、これほど多様な問題を掬い取ったのは、著者の圧倒的な調査と分析の力によっている。(北村京子訳)
この記事の中でご紹介した本
ヒトラーの家 独裁者の私生活はいかに演出されたか/作品社
ヒトラーの家 独裁者の私生活はいかに演出されたか
著 者:デスピナ ストラティガコス
出版社:作品社
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