さかしま 書評|J・K・ユイスマンス(河出書房新社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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【書評キャンパス】大学生がススメる本
更新日:2018年11月24日 / 新聞掲載日:2018年11月23日(第3266号)

J・K・ユイスマンス著  『さかしま』
甲南大学  金澤 舞奈

さかしま
著 者:J・K・ユイスマンス
出版社:河出書房新社
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自然は人為的に創造できる。人里離れた場所で見られる貴い星空は、プラネタリウムで投映される。雨上がりに現れる気高い虹は、庭にあるホースで水を撒くことで再現できる。柔らかで気品ある雪は人工降雪機でゲレンデに降らせることもできる。このように、偉大な自然は人為的に模倣することができる。今や人工物は、私達の生活に深く入り込んでいる。『さかしま』が発表された1884年、すでに自然は人工で模倣できた。あれから100年以上が経ち、人工物は私達の生活に欠かせないものとなった。そんな今だからこそ、自然と人工の美の魅力とは何なのかを考えてほしい。

本書は人工で楽園をつくり上げた男の物語だ。主人公は、この世が無頼漢と低能児で成り立っていると思うほど「人類に対する侮蔑」を感じていた。そこで、彼は汚れた俗世間から縁を切り、孤独な生活を送ろうと思い立つ。閑居の地として選んだのはパリ郊外の人里離れた場所。交通の便は悪く、俗世間が侵入することがない。彼にとって、孤独が保証された理想的な場所だった。そして、そこに珍奇な住居を建て、隠遁する。

その「隠遁所」の内装は色調や光などを精密に組み合わせ、彼が快楽を得られるように造られる。汽船の船室に似せられた食堂では大海を航海している感覚になり、あるときは造花のような食肉植物に魅了され、またあるときは花々の匂いが合成された香水に包まれる。このように、彼は自身の快楽のために人工で内装をつくった。

なぜ彼は人工で楽園をつくったのだろうか。彼に言わせれば、自然は「風景と気候との厭うべき単調さ」があり、「退屈」で「月並」のもの。すでに廃れているものだ。第一、自然は模倣することができる。すべて人工で創造でき、真似できないものはない。そんなものよりも、複雑に組み合わされた人工の方が魅力を感じる。自然を真似た人工は、彼に「本物と変らぬ幻想の悦楽」を与えた。

けれども、私は偉大な自然の中にも美を感じる。爽快な渓谷、豪快な滝、澄んだ空気。そこには何事も受け入れる包容力と精気がある。模倣された自然には雄大さがない。それは人の手では表現できない。自然の美は癒しと活力を与えてくれる。そういう人工にない力があるから、自然の美にも惹かれる。

一方で、彼は大自然よりも複雑につくられた人工の美を欲し、そこから満ち足りた感覚を得た。本物の花より形や香りなどを精巧につくった造花。それに飽きると、次は食肉植物、造花のような奇怪な自然物だ。彼は限りなく本物に近い人工物に、より芸術的な美を感じた。そして、贋物だからこそ感じられる「本物と変らぬ幻想の悦楽」で精神を満たし、人工で楽園をつくりあげた。

彼は綺麗で美しい自然の美よりも「幻想の快楽」を与える人工の美を取った。けれども、私はどちらかを選択するのは難しい。あなたはどちらに魅力を感じるだろうか。
(澁澤龍彥訳) 
この記事の中でご紹介した本
さかしま /河出書房新社
さかしま
著 者:J・K・ユイスマンス
出版社:河出書房新社
以下のオンライン書店でご購入できます
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