経済史 -- いまを知り,未来を生きるために 書評|小野塚 知二(有斐閣)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年12月1日 / 新聞掲載日:2018年11月30日(第3267号)

歴史を理論的に捉えることのおもしろさ
経済史が現代に問いかけるものとは

経済史 -- いまを知り,未来を生きるために
著 者:小野塚 知二
出版社:有斐閣
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本書は、経済学部では定番の講義である「経済史」の教科書として書かれたものだが、教科書にこれほど知的興奮を覚えることがあるのかという驚きが、読後の最大の印象であった。それは、「経済史」=「歴史」=過去の事実の羅列、という単純なイメージに捕われていた評者の教養のなさによることは否定しようがない。しかし、歴史を専門的に学んだことのない多くの読者にとって、歴史といえばひたすら暗記することを連想する傾向は少なからずあるのではないだろうか。そういう人にこそ本書を一読することを勧めたい。歴史のイメージが一変すること請け合いである。

本書は、歴史の本でありながら、最初の数章は歴史そのものではなく、経済史を捉えるための方法論にあてられている。人類史を貫通する経済の歴史をどのような観点で切り取って眺めていくのかが示される。そこで提示される視角が「際限のない欲望」という分析の基軸である。人間は生理的欲求を超えた様々なタイプの欲求を本源的にもっているという作業仮説を立てるのである。そして、「経済」とは、飽和することがありえないその欲求を、社会的に充足しようとする全過程のことであると定義される。

この観点から経済史を分析することで現れてくる問いは、その「際限のない欲望」の充足と人類の存続とがどのようにして両立させられてきたのかということである。欲望の充足には資源が必要であり、活用できる資源は常に有限である。欲望が無限であるとすれば、共同体は常に成員の欲望に比して資源が不足するという事態に直面するだろう。それは共同体間での資源の奪い合いを引き起こすか、共同体内での個人間の奪い合いを引き起こさざるをえず、いずれにしても共同体ひいては人類そのものの存続の危機をもたらすことになろう。しかし現に人類はこうして生き延びている。この矛盾を人類はどう乗り越えてきたのだろうか。

その答えは前近代の経済にある。前近代は、共同体によって個人の欲望が厳重に規制される社会であった。個人の自由な職業選択は許されず、伝統的な掟によってなすべきことが定められていた。こうした共同体によって営まれた経済は、ほとんど成長することはないものの、不確実性を極力排除するものであるために安定的に持続することができた。掟となっている規範は明確に反成長的であり、剰余生産物を生産的に用いることは許されなかった。それは祭礼などで費やされるか、支配者の権威づけのための富となるなどして、いずれにしても非生産的に用いられたのである。シュメル人やイースター島の文明は、この規範から外れて成長への誘惑に屈してしまったことで、資源の限界に突き当たり、滅ぶことになったという説明は、非常に興味深い。人類史の大半を占める前近代においては、どんな共同体の形をとるにしても、人類は自らの欲望に共同的に蓋をすることで、共同体を持続可能にしていたというわけだ。

しかし、これは我々が生きている現代の経済の姿ではない。経済史が通常対象とする近代以降の資本主義経済は、前近代とは根本的に異なる規範に基づいたものとなっている。「際限のない欲望」が解放されたのである。ルネサンスや宗教改革は、欲望を抑えていた規範を突破する運動であり、そこから個人が自由な経済活動によって富を蓄積していくことが普及していったのである。

これは前近代の経験からすると、危険な道に踏み出したといえるだろう。近代が資源問題に突き当たらずに拡大できたのは、産業革命期に登場した石炭を原料とする蒸気機関によって、森林資源を使い果たすことなく、生産を拡大できるようになったという条件による。これは根本的な危険の回避ではない。エネルギー資源の枯渇を筆頭に自然と人間との関係における持続可能性の危機は、日々喧伝されている通りである。

本書では、近代と現代を、古典的自由主義の時代と社会政策などが一般化した介入的自由主義の時代とで分類し、概ね第一次世界大戦以降を現代として扱っている。そして現代の経済の性格を、「際限のない欲望」の人為的な維持にあると論じている。近代に解放された欲望は資本主義システムの下で、急速な経済成長をもたらしたが、現代では経済成長を維持するために、欲望を社会的に維持して、需要を喚起し続けなくてはならないようになった。前近代の規範とは正反対の位置に我々はきているということである。何万年も続いた前近代に対して、近現代の経済はどれほど持続可能なのだろうか。その問いは、こうした経済史の分析の後には、より深刻な問いとして響いてくる。

以上、本書の特徴的な分析の基軸を中心に紹介してきたが、本書が経済史の一般的な内容をとても分かりやすく説明しているということも付け加えておきたい。図表などの資料も厳選された使われ方がなされており読みやすいのと、章ごとの文献案内が充実しており、さらなる学習のためには大いに役に立つ。また、本文の合間に挟まれているコラムが非常に優れている。これは本文にある概念の詳細な注釈のこともあれば、ある概念が現代では、あるいは日本ではどう扱われているかというように、身近にイメージしやすい形で解説されていることもある。そして、この解説の中に、著者の現代に対するメッセージがにじみ出ているのが、何よりもおもしろい。経済史の対象は過去の出来事であるが、この学問はそこから現在を考え、未来を見据えるためにあるのだ。これが著者の学問に対する姿勢である。本書の読者も、それにきっと共感できるはずである。
この記事の中でご紹介した本
経済史 -- いまを知り,未来を生きるために/有斐閣
経済史 -- いまを知り,未来を生きるために
著 者:小野塚 知二
出版社:有斐閣
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