詩の約束 書評|四方田 犬彦(作品社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年12月1日 / 新聞掲載日:2018年11月30日(第3267号)

詩に特化した四方田のアーカイブ
作者は何冊目かの〈小説〉を書いた

詩の約束
著 者:四方田 犬彦
出版社:作品社
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詩の約束(四方田 犬彦)作品社
詩の約束
四方田 犬彦
作品社
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多岐にわたる著者の活動でも、詩のカテゴリーに特化した、無慮、百冊を超える巨大な〈四方田アーカイブ〉の一書である。

巻末、「わが詩的註釈」で本書の来歴を語る。十四歳にして詩を書きはじめ、私家版の詩集『眼の破裂』を刊行。俳人、歌人と組んだ同人誌「三蔵」に詩を発表、これを『人生の乞食』にまとめ、「脳に大病を患い、失明の危機のなかで」、近著『わが煉獄』を上梓した、と。

この詩集で「きみたちにはもう、わたしの姿は見えない」と示唆するように、作者は今や膨大な著書の背後に姿を消しつつある。氏にかつて『摩滅の賦』を書かせたのは、本書の一章「断片にする」にいう、「人気のない博物館に陳列されているトルソを前にしたときに感じる」、失われた全体像を望見する亡羊の嘆であった。

本作は詩の体験を語る〈私小説〉として読むことができる。わけても近頃、ノーベル賞を取沙汰されるアドニスとの会見が重要だ。「後書き」には「本書を執筆する契機となったのは、二〇一五年になされたアドニス師との邂逅であった」と。「翻訳する」の章には、映画作者で詩集も出したパゾリーニ、タイの詩人チラナンらとともにアドニスを訳すにいたった経緯が明かされ、「アドニスの場合にはまず本人に会いにいった。わたしたちは彼を囲むシンポジウムの数日を、ほとんど共に過ごした」。むろん、その著『アル・キターブ』の衝撃が発端だ。「パリから船便でこのぶ厚い書物が到着したとき」と「詩の大きな時間」に、――「わたしは思わず息を呑んだ」。

四方田犬彦はさながらに〈引用〉のトリックスターと化した。著者初の長篇小説、ソレルス『女たち』を引いた『鳥を放つ』に四方田素子雄すねおの名で登場する、作者のカリカチュアを用いるなら、「お調子者の軽薄才子」と貶下するセルフポートレイトを参照しよう(「新潮」八月号)。アドニス会見記は『神聖なる怪物』の「アドニス流謫」に詳しいが、「怪物」の異名がもっともふさわしいのは、夫子その人であろう。ニーチェもいうとおり、怪物に見入る者は、自身、怪物と化すのである。

アドニスだけではない。著者が実際に・・・出会った数多くの詩人が呼び出される。なかでも吉岡実を「引用する」の章は白眉のパートだ。この大詩人が著者に電話して、『ムーンドロップ』であなたに言及したと告げる。そこで展開する吉岡論は本書のハイライトをなす。

もう一つの頂点は、帷子耀、谷川雁、ボウルズについて「詩とは訣別すべき何ものかなのである」と述べるテーマに関連し、作者が盟友・故中上健次に「もう詩は書かないのか」と尋ねるシーンである。中上は応える。「芸ごとの詩をいくら書いても仕方がない」。ここで本書は「訣別する」の章と切り結ぶ。

忘れてならないのは、入沢康夫の存在だ。『わが出雲、わが鎮魂』で入沢の手になる長大な自註が中上に与えたインパクト、それは強烈だった。

北村太郎の『徒然草』引例を経て、鮎川信夫から田村隆一、菅谷規矩雄へ、レオナルドをめぐって転調する場面は、博覧強記の独壇場というべきだ。吉本隆明、谷川俊太郎、高橋睦郎を扱う「呼びかける」、パウンド、バシュラール、高貝弘也を論じる「断片にする」、ブレイク、由良君美にふれる「詩の大きな時間」、……終盤にいたって筆致は次第に「煮詰まろうとして」来る。

氏はこのエッセイで何冊目かの〈小説〉をものしたといってよい。
この記事の中でご紹介した本
詩の約束/作品社
詩の約束
著 者:四方田 犬彦
出版社:作品社
以下のオンライン書店でご購入できます
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