ただの文士 父、堀田善衞のこと 書評|堀田 百合子(岩波書店)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
マイページで記事のブックマーク!
ログイン
マイページ登録

トップページ

特集

書評

連載

コラム

ニュース

読書人とは マイページ

  1. 読書人トップ
  2. 書評
  3. 読書人紙面掲載 書評
  4. 文学
  5. ただの文士 父、堀田善衞のこと 書評|堀田 百合子(岩波書店)
読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年12月1日 / 新聞掲載日:2018年11月30日(第3267号)

世界人文士の同伴者
率直な視線と言葉でさまざまな横顔を見せてくれる

ただの文士 父、堀田善衞のこと
著 者:堀田 百合子
出版社:岩波書店
このエントリーをはてなブックマークに追加
五人の研究仲間で出版した『言語都市・上海』(藤原書店、一九九九年)において、私は堀田善衞の項目を担当したが、思えばあの時、堀田の私生活についてはほとんど何も理解していなかった。三年にわたるこの共同研究の最中の一九九八年九月五日には、堀田が亡くなったにも拘わらず、である。

本書『ただの文士』は、私が知らずにいた堀田のさまざまな横顔を見せてくれる。著者は、率直な視線と言葉とをもって、二人のパリ生活から書き始め、父のかつての姿を追って、アンドリン、マドリード、グラナダ、バルセロナなど、スペイン各都市における父母の暮らしを描き、時に日本に「戻った」父の様子をも描く。文学史的に優遇されているとは言いがたいこの作家の苦労を伴った生き様が、近視眼的な実感を伴って我々に伝えられる。そこには、娘であるというだけでは感じ取れないであろう微妙な陰影まで含まれている。

例えば、上海時代以来の友人として知られる武田泰淳について、以下のような文章がさらりと書かれる。

 戦後、お付き合いに少しだけ微妙な部分もあったようです。武田先生、父、私の母。三人とも戦中の上海で過ごしていました。何があったのか、推測するのはやめにしたいと思います。何にせよ、遠い昔に過ぎたことです。



このとおり、この書は一般的な伝記の類にとどまってはいない。日本人離れした稀有なる「世界人」であったこの文士と精一杯向き合った、著者自身の内面を映し出す間接的な自伝ともなっている。

そういえば、偶然ながら、武田の妻の名も百合子であった。

「父は無類の野球好き、スポーツ観戦好き。毎日、プロ野球中継をテレビで観戦します」「着る物はすべて母任せですが、隠れブランド好き、新し物好きでした」といった「事実」は、通常の文学史にはもちろん出てこない。セント・バーナード犬のブースケ君を亡くした父の「弔辞」を見つけ、著者も涙ぐむ。

もちろん、文学史的に重要な証言もたくさんある。一例であるが、大作『ゴヤ』の執筆に際し、戸籍調べに苦労していたさなか、堀田は、スペインのサラゴーサでふと立ち寄った小さな本屋で、貴重な記録が書かれた「厚さ一〇センチはある大きな」「ゴヤの初期のタピスリーの研究書」を偶然見つけたという。このような「幸運」の第一目撃者が、「旅の間そして日本へ帰る途次、ずっと持たされていた」「その重みをよーく覚えている」著者なのである。

このような関係の中で、著者は、自らも文筆家として父と一体化していく。父堀田が取り組んでいる執筆対象は、著者にとっても、「ゴヤさん」や「定家さん」と呼ばれるとおり、「隣のおじさん」のような存在である。「鴨長明さん」「モンテーニュさん」もそうである。実際に交流のあった人々も、「サルトルさん」というように呼ばれる。著者はこれらの人々と、いわば近所づきあいをしているわけである。その付き合いが、著者をも「文士」に変えていく。

家族にやや傲慢に、わがまま勝手にふるまいながら、時に娘に高価なバッグも買ってくれるような、間近で見た肉親としての父の姿と、代表的な「世界人」として、独自の歩みを続ける文士としての像と。二面が同居する父堀田は、やはり実に魅力的に見える。「ただの文士」として、父の魅力を逆説的に描き出す著者の試みは、同伴者ならではの文学的営為として、大いに成功を収めたといえよう。
この記事の中でご紹介した本
ただの文士 父、堀田善衞のこと/岩波書店
ただの文士 父、堀田善衞のこと
著 者:堀田 百合子
出版社:岩波書店
以下のオンライン書店でご購入できます
このエントリーをはてなブックマークに追加
真銅 正宏 氏の関連記事
読書人紙面掲載 書評のその他の記事
読書人紙面掲載 書評をもっと見る >
文学関連記事
文学の関連記事をもっと見る >