さよなら、シャーリー・テンプル ジョゼフ・ミッチェル作品集3 書評|ジョゼフ ミッチェル(柏書房)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年12月1日 / 新聞掲載日:2018年11月30日(第3267号)

社会の周縁にいる人々の愛おしい生が浮かび上がる

さよなら、シャーリー・テンプル ジョゼフ・ミッチェル作品集3
著 者:ジョゼフ ミッチェル
出版社:柏書房
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わたしたちの日常には物語があふれている。周囲には語られ聞かれるに値する物語がたくさんある。しかし、それらは必ずしも明確に語られるわけではない。そもそも耳を傾けられないことも多く、記録に残るものはほとんどない。

本書の著者である『ザ・ニューヨーカー』誌のジャーナリスト、ジョゼフ・ミッチェル(一九〇八〜一九九六年)は、街を歩き、そうした物語に注意深く耳を傾ける。そしてジャーナリストの客観的な目と作家のストーリーテリングの力とを組み合わせ、衒いのない文章で、しかしきわめて豊かにそれらを語りなおす。過剰な意味づけや価値判断はしない。あくまでも登場人物たちに寄り添う――ときには登場人物のセリフが十数ページに及ぶこともある。聞き上手なミッチェルを通じて、さまざまな声が物語を語る。

ここに収められているのは、一九三〇年代から五〇年代にかけて発表された作品十三篇である。物語の語り手や主人公はさまざまだ。占いで不安を煽って金を巻き上げるジプシーの女たち、世話になった人たちに次々と高額の小切手を切るみすぼらしい身なりの老人、架橋作業で実力を発揮する先住民族の男たち、顔のあざを気にする三十代の女、禁酒を試みる男、虫の居所が悪い男、白人至上主義団体の支部を立ち上げた男たち、権威嫌いで酒好きの不羈奔放な女、へそ曲がりな頑固親父、もっぱら魚介類を食べて百十五歳まで生きようと望む九十代の男……おおむねみんな主流社会からはみ出した者たち、あるいはあまりにもありふれていて気にもとめられないような者たちである。

ジプシーや先住民族を語るとき、ミッチェルの筆致はジャーナリストのそれに傾く。歴史背景、文化、生活習慣にいたるまで、人類学者のように事細かに整然と情報を提示する。他方でありふれた人物や情景を描く際には、フィクション作家に近い筆のはこびでかけがえのない一瞬をとらえる。ただ、ミッチェルの作品においては、フィクションとノンフィクションの境界線はあいまいだ。巻末に収められた三篇のフィクション作品についてミッチェルはいう。「私としては、事実を描きだす物語というよりは、真実を伝える物語にしたかった。とはいえ、事実に基づく物語であることはまちがいない」。これは彼のノンフィクション作品にも当てはまる。事実をもとに真実を伝える物語が、きわめてユーモラスにいきいきと語られる。そこから、前近代をひきずりつつも近代化が急速に進む当時のニューヨーク、ありふれた日常のなかのおかしくも美しい瞬間、社会の周縁にいる人々の愛おしい生が、くっきりと、馥郁たる香気をともなって浮かび上がってくる。ミッチェルがマーク・トウェインとジェイムズ・ジョイスをお気に入りの作家としてあげているのもうなずけるだろう。

ミッチェルは一九二九年に二十一歳でノースカロライナ州からニューヨークへ出て、いくつかの新聞社で働いたあと三八年に『ザ・ニューヨーカー』誌のスタッフ・ライターとなり、死ぬまでそこに籍を置いた(ただし六四年を最後に作品は発表していない)。ミッチェルが一九三八年から六四年までのあいだに同誌に発表した作品三十七篇は、七百ページを超える作品集、Up in the Old Hotelにまとめられており、そのうち二十九篇が本書と『マクソーリーの素敵な酒場』、『港の底』(いずれも柏書房)ですでに翻訳されている。残り八篇の声が日本語で届くのが待ち遠しい。
この記事の中でご紹介した本
さよなら、シャーリー・テンプル ジョゼフ・ミッチェル作品集3/柏書房
さよなら、シャーリー・テンプル ジョゼフ・ミッチェル作品集3
著 者:ジョゼフ ミッチェル
出版社:柏書房
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